父の一周忌を終えた昨年、母から1本のウイスキーを受け取った。「お父さん、これだけは手元に置いておいたのよ」
それは40年近く前、私が空港の免税店で父に買ったスコッチだった。17歳の私が海外派遣から帰国するとき、余った現金を使い切るために買って土産としたものだ。
聞けば、他の洋酒は生前人にあげてしまったが、私からの1本だけは残しておいたらしい。
「お父さん、飲まなかったんだ…」
「大切で開けられなかったのよ」
父は無口で怒りやすかったので近寄りがたく、10代の頃は会話を避けていた。しかし、私の派遣に反対の母を制し、応援しようと言ってくれたのは実は父だったという。
引き取ってはきたものの、亡父がずっと大切にしてくれていたものを気軽に飲めるはずがない。どうしたものかと逡巡(しゅんじゅん)していた。ところが先日のバレンタインデーの翌朝、食卓に封のあいたウイスキーが。夫がチョコレートを食べるのに開けたとのこと。
「これ、父が遺(のこ)したあのお酒だけど? もらうの目の前で見てたんじゃない」
夫はそんなことはすっかり忘れていた。驚き、残念、怒り、あきれなどいろんな感情が生まれる中、意外にもどこかほっとした気がしていた。きっと義理の息子と一緒に飲みたかったんだね、お父さん。
父の三回忌に集まった親戚にも、そんなエピソードと共にそのウイスキーで献杯してもらった。
赤坂直子(55) 東京都杉並区