貧困や人権侵害、教育機会の格差などの課題が表面化し、社会のサステナビリティー(持続可能性)を揺さぶっている。政治や経済、文化など幅広い活動のテーマになるなか、アビームコンサルティングが企業の経営課題に取り組んできたノウハウを生かして解決に挑んでいる。NPO・NGOなどソーシャルセクターと手を組み、ともに価値を生み出す「共創」の姿勢でアプローチ。課題解決のプロとしてコンサルティングファームはいかに社会を変革するのか。
ユキサキチャット
「緊急事態宣言で働けず、収入がゼロになった」
「コロナにかかって収入が減ったので、食事を抜いて切り詰めている」
「電気やガスを止められて、所持金は100円しか残っていない」
10代の悩みをLINEで受け付け、無料の進路就職相談を行う「ユキサキチャット」には日々、悲痛な声が寄せられる。
不登校・中退、家庭内不和、虐待など抱える不安はさまざまだが、新型コロナウイルスを契機に深刻化するのが金銭的な問題だ。チャットへの新規登録者は2020年3月に27人だったが、緊急事態宣言の発令された翌4月には10倍以上の287人に急増。その後も高水準で推移し、現在は約1万人が登録する。うち相談の半数が金銭的な不安だという。
運営するNPO法人D×P(ディーピー、大阪市)の今井紀明理事長は「保護者に頼れない若者が多い。アルバイト収入などで生活していた大学生や専門学校生も新型コロナの影響の長期化や物価上昇で、困窮状態に陥っている」と語る。
この実態を裏付けるのが、アビームコンサルティングが専門スキルで公益に貢献する「プロボノ」活動の一環として実施したチャットの分析・定量化だ。
親に頼れない実態を「可視化」
一定期間に寄せられた大量のメッセージデータから、目的に応じた情報を抽出する「テキストマイニング」などの手法で、相談者のプライバシーに配慮しつつ属性や家族構成などを判別。国内全体と比較し、どんな状況の若者が社会的に孤立しやすいかを「可視化」している。例えば、一人親世帯の割合は世の中全体では1.46%に対し、D×Pの支援を受けた相談者は45.2%に上るという。
今井氏は「問題を抱えた若者は社会に分散して隠れているので、実態が見えない。孤立して苦境に陥っている状況を明らかにし、支援への共感を広げたかった」と説明する。この思いを叶えるパートナーとして、アビームコンサルティングがプロボノ活動を行っている。分析を通じた孤立の可視化の他にも、法人向けの寄付の営業資料を作成するなどコンサルティングスキルを生かした様々な形で支援している。
D×Pは個人や法人の寄付を主なベースにチャット相談に加え、新型コロナ下で一時的に現金8万円を給付する緊急支援から、最長1年間にわたってレトルト食品など月60食を届ける長期支援まで実施している。これまで現金約5300万円、約11万食を支給し、利用者の約8割が生活状況がよくなったと回答した。
昨年4月には分析を基に、厚生労働相への政策提言を行うなど政府や自治体とも連携してさらなるセーフティネットの充実を図る。今井氏は「一つの団体の活動には限界があるので、あらゆる人と協力して支援を提供し、若者が未来に希望を持てる社会をつくりたい」と話した。
アジアの社会変革を後押し
幅広い企業の経営をサポートするアビームコンサルティングは2000年代後半からNPO支援を続けている。当初は有志のメンバーが自然環境保護などの活動に参加していたが、企業も社会課題への積極的な対応を求められるなか、パートナーシップを本格化。アジアやアフリカの子供の識字教育などに取り組むルーム・トゥ・リード・ジャパン(東京都)や、インドで子供が売られる問題と日本で児童虐待防止に取り組むかものはしプロジェクト(同)など多様なNPOに人的・資金的な支援を提供している。
「日本発・アジア発のコンサルティングファームとして、アジアの社会変革を後押しするのが使命」。齋藤直毅・戦略ビジネスユニット兼サステナビリティーユニット シニアマネージャーは狙いをこう語る。
SDGs(持続可能な開発目標)達成への機運の高まりを受け、21年には組織横断的な取り組みの中核となる「サステナビリティーユニット」を発足した。約50人がコンサルティング業務と兼務し、分析や課題解決などの専門スキルでプロボノ活動などのサステナビリティー活動を展開する一方、最前線で得た知見や人脈を顧客サービスに生かす共創プロジェクトも進めている。
代表例が国際協力NGOセンター(JANIC)と共同提案するビジネスと人権関連のコンサルティングだ。
コレクティブ・インパクト
JANICは貧困や飢餓、医療、難民などの支援を展開する正会員97団体(23年2月時点)を中心にネットワークを構築し、政策提言や連携を促進する。NGOの力を最大化する組織として1987年に設立したが、近年はソーシャルビジネスの台頭などで存在感の低下に悩まされていた。
NGOの発展に向け役割や活動を見直すなか、ソーシャルセクターとの共創を検討していたアビームコンサルティングが支援に手を挙げた。JANICメンバーと旧知の齋藤氏を中心に、国際協力を取り巻く環境や、関連71団体の財務状況などを分析。業界全体を見渡す識者18人のインタビューでニーズを深掘りするなど企業のプロジェクトと同等の労力を注ぎ、2020年7月に190ページに及ぶリポートをまとめ上げている。
若林秀樹理事は「収益が10億円前後から数十億円ある大規模なNGOが安定して成長するのに対し、3000万円前後から1億円前後で足踏みする団体が多いと分かった。業界の発展に向け、大規模団体と中小規模団体にターゲットを分けて、組織力や連携、アドボカシー(政策提言)活動を強化するきっかけになった」と振り返る。
リポートは一定の財務規模の維持・拡大に加え、企業や行政と協力して社会課題の解決を目指す「コレクティブ・インパクト(集合成果)」の実現を提案した。JANICが連携のモデルを探る段階で、企業の知見が不足し、早急に対応を求められるテーマとして浮上したのが人権だ。
人権デュー・デリジェンス
ビジネスには強制労働やハラスメント、地域の安全衛生環境の破壊、消費者のプライバシー侵害などのリスクが付きまとう。しかし、世界的にサプライチェーン(供給網)が拡大し、原材料の調達から加工・生産、物流、販売まで、どこに問題が潜むかを特定するのは難しい。実際、人権侵害の懸念の強い地域から原材料を輸入していると指摘された企業が批判を浴びた例もある。
このためリスクの高い事業や地域、取引先を洗い出し、負の影響を分析・評価する「人権デュー・デリジェンス」の考え方が根付き始めている。国際人権NGOの日本事務局長を務めた経験もある若林氏は「1企業でリスクは把握しきれない。発展途上国で現地の労働者や少数民族に日々向き合うNGOの知見が生かせる領域だ」と指摘する。
アビームコンサルティングはJANICと共同で人権デュー・デリジェンスサービスを立ち上げ、社会的な側面も含む企業価値の向上を提案する。NGOとビジネスはときに公益と収益のいずれを優先するかで軋轢(あつれき)を生むが、架け橋となってコレクティブ・インパクトの実現を目指す。
齋藤氏は「重視するのはパートナーシップ。気候変動や人権侵害など時代によってテーマは変化しても、最前線にいる専門家や企業と共創する姿勢は変わらない。それがアビームコンサルティングの考える社会課題解決への方程式だ」と語った。
提供:アビームコンサルティング株式会社