ザ・インタビュー

富でも血筋でもなく「徳」 歴史学者・君塚直隆さん著『貴族とは何か ノブレス・オブリージュの光と影』

「貴族院がいまだに存在し、大改革を経ながらも使い続けているのが英国の面白いところ」と語る君塚直隆さん(三尾郁恵撮影)
「貴族院がいまだに存在し、大改革を経ながらも使い続けているのが英国の面白いところ」と語る君塚直隆さん(三尾郁恵撮影)

古代から、世界のさまざまな社会で形成されてきた貴族。ある階級が「高貴」とみなされる根源は何か。英国王室研究の第一人者として知られる君塚直隆・関東学院大教授(55)の新著『貴族とは何か ノブレス・オブリージュの光と影』は、各国の貴族の歴史を参照し、その本質をさぐる「貴族の世界史」だ。

本書は、古代地中海世界にさかのぼって説き起こされる。古代ギリシャの哲学者プラトンは、理想の政治体制を「貴族政治」とした。この場合の貴族とは「優秀者」の意味で、すぐれた人間の条件とは資産でも血筋でもなく、自己一身の利益を離れて公共を考えられるという「徳」だった。

また古代中国でも、思想家の孔子が「政(まつりごと)を為(な)すに徳を以(もっ)てす」と説いたように、内容に多少の差はあれ、統治階級には道徳的資質が必須だとする考え方は洋の東西で共通していた。

「古今東西、『徳』が必要という観念は変わらないし、それを体現し実践する存在として、世界各地で登場してきたのが貴族です」

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だが中国や日本など、近代以前に貴族が消滅したり実権を喪失したりした地域は多い。君主と民衆の中間権力である貴族が政治、経済、文化の各方面で長期にわたり力を振るったのは、何といっても中世から近代にかけての欧州だった。

その中でも、大陸欧州の貴族がフランス革命から第一次大戦後に至る激変期に滅んだ一方、現在も貴族院を有してしぶとく生き残っているのが英国貴族だ。その違いは、どこにあるのか。

「まず財政ですね。長子相続制の英国貴族に対し、大陸欧州ではかなり後まで分割相続でした。またフランスにおける新興の法服貴族と旧来の帯剣貴族の対立のような、貴族同士の衝突がなかったこと。さらに、英国貴族は税金をたくさん払っていたことですね」

たとえばフランス貴族は軍役と引き換えに免税特権を受けていたが、火器の発展など戦争の変化に伴い、軍役での貴族の重要性は薄れていく。責務なく特権だけを当然視する貴族はもはや有徳とはみなされず、やがて「国家の寄生虫」と憎まれるようになる。

「やはり私利私欲に走って、自分さえ良ければという方向に行ったら、必ず滅びますね。我欲を抑えて公共の福祉を考えなければいけないというのは、古代ギリシャから変わらないんですよ」

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これまで『立憲君主制の現在』など、数々の著作で君主制を論じてきたが、そもそも研究者の道を歩み始めた当初の関心事は英国貴族だった。「王権の話をすれば当然、それを支える貴族にも行き当たります。共通して大事なのは徳、つまり国民にとって何をしてくれているか、ですね」

封建的貴族が滅んで久しい大衆民主主義社会の現代でも、往時の貴族のあり方からは得るところが多いという。「爵位や称号などないわれわれでも、その精神に学んで徳を積むことで、一人一人が国や地球に貢献する『精神的貴族』になることはできると思います」

きみづか・なおたか 昭和42年、東京都生まれ。立教大文学部卒業後、英オックスフォード大留学を経て、上智大大学院文学研究科史学専攻博士後期課程修了。博士(史学)。東京大客員助教授、神奈川県立外語短大教授などを経て現職。著書は『物語 イギリスの歴史(上下)』『エリザベス女王』など多数。

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