わが家の周りに4月になると、八重の細長い花弁のショッキングピンクの花を咲かせる高木がある。両親が植えてから少なくとも40年はたっている。正確な名前がわからないまま、花の見頃は2週間ほどで、その間、「あのショッキングピンクの花」と家族の中で呼んでいた。
先日、インターホンが鳴って出てみると、他市から来た花屋さんだった。「お宅の菊桃を分けてほしい」と言われた。
「菊桃?」。それが4月に咲く「あのショッキングピンクの花」のことだった。私にとっては、伸び過ぎた枝の剪定(せんてい)になり、花屋さんは生け花の花材として、お客さんに提供できる。双方にメリットがある。快諾した。
3月の今、その菊桃の蕾(つぼみ)は固い。花屋さんは、これを温室に入れたり、冷蔵庫に入れたりして開花時期をお客さんの要望にこたえて調整するのだという。さすがプロだ。
でも、どうして他市の花屋さんが、うちの花木を見つけたのだろう。四季折々、車でいろいろな所をドライブして花材となるものを探し求めているのだそうだ。そして去年の春、うちの花が目にとまり、翌年、訪ねてきたのだそうだ。
軽トラックに菊桃の長い枝の束がたくさん積まれた。私はそれを見送りながら、あの菊桃が、どんな人の家で、どのようにして生けてもらうのだろうと想像した。そして、長年、名無しの権兵衛だった花に、すてきな名前があったことを知って、うれしい一日となった。
田川あつ子(75) 兵庫県川西市