1日に8人も命を落とす子宮頸がん ワクチン「9年の空白」が招いた重い代償

大阪市が商業施設で実施した啓発イベントで子宮頸がんについて開設する新生児科医の今西洋介さん(右)=令和5年3月1日、大阪市中央区
大阪市が商業施設で実施した啓発イベントで子宮頸がんについて開設する新生児科医の今西洋介さん(右)=令和5年3月1日、大阪市中央区

国内で毎年3千人もの女性が命を落とす子宮頸(けい)がんの予防啓発を、大阪市が急ピッチで進めている。主な原因となるウイルスの感染は10代のうちにワクチンを接種することで予防が期待できるが、国は副反応を懸念する声を受け積極的勧奨を中断。疫学調査を経て令和4年度から再開したものの、接種率が大幅に落ち込んだ世代が無防備なまま、20歳前後に差し掛かっている。市は「5年度までが勝負の分かれ目」と若年層への啓発を急ぐが、普及は進んでいない。

低いワクチンの認知度

3月上旬の土曜日。若者でにぎわう大阪・ミナミの商業施設で開かれた、子宮頸がんワクチンの接種を呼び掛けるイベント会場では、年代別患者数を示すグラフがスクリーンに映し出された。

「日本では1日に8人が子宮頸がんで亡くなっています」。産婦人科医が主人公の漫画『コウノドリ』(講談社)で、医療監修を務めた新生児科医の今西洋介さんが解説すると、聴衆は息をのんだ。

イベントは市がワクチン接種を呼び掛けるため、初めて開催。担当者は「軽快な掛け合いもあり、子宮頸がんに興味を持ってもらえたと思う」と手応えを口にするが、「ワクチンの存在を知らない人が多すぎる」と焦りを見せる。

子宮頸がんは国内で毎年約1万人が診断され、約3千人が死亡。子育て世代にあたる40代までの患者が多いことから「マザーキラー」と呼ばれる一方、近年は患者の若年化や死亡率の増加も指摘されている。

患者の大半から見つかるヒトパピローマウイルス(HPV)が、がん発生の主な原因。感染経路の性交渉を経験する前にワクチンを接種すれば予防でき、政府や自治体は若年層への接種を推進している。

9年間の足踏み

大阪市では昨年8月にもソーシャルメディアを活用し、科学的根拠に基づいた情報を10~20代に届けようと、民間団体と協定を締結した。今年3月4日の「国際HPV啓発デー」に向け定期的にツイッターで情報を発信したほか、動画投稿サイト「ユーチューブ」で若手職員や医学生を交えたトークライブも配信。4月以降は大学生への周知を強化するため、近隣の大学との連携も模索する。

市が啓発を急ぐ背景には9年間の〝足踏み〟がある。HPVワクチンは平成22年から小学6年~高校1年にあたる年代を対象に公費助成が開始。一部の年代は接種率が80%近くにまで達したが、25年4月に定期接種が始まると体調不良を訴える声が目立ち始めた。

全身の激しい痛みや失神、記憶障害-。多様な症状を訴える女性たちの声を多くのメディアが報じた。厚生労働省は世論に押される形で、定期接種開始からわずか2カ月で接種を促す積極的勧奨を中止。自治体は対象年齢を迎えた人への案内送付を見合わせた。

世界保健機関(WHO)は同年、日本を名指し「薄弱な根拠で有益なワクチンを使わないことは損害につながる」と指弾。国は全国的な疫学調査でワクチン接種の有無にかかわらず、一定の割合で症状を訴える人がいたため「因果関係が証明されていない」とし、今年度から積極的勧奨を再開した。だが、9年間の空白がもたらした影響は大きい。

「一刻の猶予もない」

厚労省によると、国外では100カ国以上で子宮頸がんワクチンの公的接種が行われている。効果が出始めた国もあり、接種や検診が順調に進むオーストラリアでは、2028年にも子宮頸がんをほぼ撲滅できるとの予想もある。

「日本がそうした状況になるのは当分先のことだ」と指摘するのは、大阪大の上田豊講師(婦人科腫瘍)。国内で積極的勧奨が中断された間、定期接種の対象だった平成9~17年度生まれの「キャッチアップ(巻き返しを図る)世代」がいるためだ。

国は接種対象から外れたこの世代に公費助成をするキャッチアップ接種を急ぐ。特に接種率が低いのは12年度生まれ以降で、11年度生まれの68・9%に対し、12年度は14・3%、13年度は1・6%、14年度以降は1%に満たない。

上田氏らの研究グループの試算では、12~22年度生まれの接種率が9割に達する時期が令和4年度末から6年度末までずれ込むと、この世代の子宮頸がん患者が1万3180人、死者が3508人増えるという。

上田氏は「性交経験率が高まる年代でもあり、接種が1年遅れるだけでも効果は格段に落ちてしまう。一刻の猶予もない」と危機感をあらわにする。

ただ、インターネット調査では、12~16年度生まれの世代で接種に前向きな割合は40~50%にとどまる。4月からより確実な効果が見込める「9価ワクチン」の接種が始まり接種率の向上を期待する声もあるが、上田氏は「現状のままでは将来にわたって多くの患者や死者が出てしまうことは避けられない」として、接種率の低い世代が重点的に検診を受ける必要性を訴えている。(花輪理徳)

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