2023年春、「エスコンフィールドHOKKAIDO」がお披露目されます。09年の「Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島」から14年ぶりとなるプロ野球の新設スタジアムです。臨場感を高める工夫や多様な観戦スタイルを提供する自由度の高い施設となっています。左右非対称、座席の種類もさまざま、サウナに入りながら観戦できるなど、これまでにない仕掛けが施されています。ところが、こうした新しい観客席について「本当にスポーツを楽しむための座席なのか」と眉をひそめる人もいるようです。ただ、これには誤解があり、そもそも観客席スタンドは古い歴史を持つと同時に、まだ検討され尽くされていないスタジアムの要素であるとも言えるのです。
古代ギリシャのオリンピア大祭の競技場「スタディオン」がスタジアムの起源と言われ、後の古代ローマ帝国ではコロッセオなど大型の観客席スタンドを持つ施設も造られましたが、帝国の衰退とともに人類の歴史から一度姿を消しました。復活の契機は近代オリンピックです。1896年の第1回アテネ五輪のメイン会場「パナシナイコスタジアム」は谷地からまさに「発掘」された施設で、斜面を利用した大規模な観客席スタンドでの観戦体験は来場者を熱狂させました。われわれが享受している観客席スタンドの歴史は再発見から約120年程度、2千年以上の建築の歴史から見れば、まだまだ検討不足な要素と言えるでしょう。
私の2017年の研究では、スタジアム体験と、もう一度スタジアムに来たくなるリピーター行動の関係について、観客席の臨場感よりも、グループ観戦体験を高めた方がより直接的にリピーター行動を促せるとの結果が出ました。臨場感を高めた場合、影響は大きいのですが、勝敗などの満足感やチケット価格のお得感などが間接的に関わり、コントロールが難しいことが示されています。一方で、グループ観戦体験は勝敗に関係なくプライスレスな体験としてリピーター行動に影響しており、リピーターを増やすシンプルなアプローチとして期待できることが分かりました。いかにみんなで楽しめる体験をつくるか、共有できる体験を生む仕掛けが重要で、方法はスタジアムでのアイデア次第ということです。
マツダスタジアム、エスコンフィールドに共通しているのは、改修・増築を前提とした拡張性です。広島が過去14年間、常に改修を重ねているように、北海道でも毎年成長するスタジアムが見られるでしょう。ファンの共有体験を模索する上で、楽しみ方が固定された観客席はもはやスタジアムの弱点です。スポーツのユニバーサル化に併せ、変化と多様性を許容する包摂的(インクルーシブ)な観客席が求められていると言えるでしょう。
1年以上にわたり隔月掲載しました当コラムも今回が最終回。読んでいただいた皆さまに感謝いたします。またどこかでお目にかかる日を楽しみにしています。
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上林功(うえばやし・いさお)1978年11月生まれ、神戸市出身。追手門学院大社会学部准教授、株式会社スポーツファシリティ研究所代表。設計事務所所属時に「兵庫県立尼崎スポーツの森水泳場」「広島市民球場(Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島)」などを担当。現在は神戸市や宇治市のスポーツ振興政策のほか複数の地域プロクラブチームのアドバイザーを務める。