巨人と江川との〝電撃契約〟でプロ野球界は大騒ぎとなった。
すぐさまセ・リーグの「緊急理事会」が招集され、正午過ぎからは12球団の「実行委員会」が開かれた。
委員会では金子コミッショナーや鈴木、工藤セ・パ両リーグ会長が、巨人の長谷川球団代表から事情を聴取。日本ハムの三原球団社長によれば、席上、鈴木会長が「盟主・巨人ともあろうものが…。こんな暴挙は大正力が生きておられれば、けっして許しはしない。考え直してくれ」と、涙ながらに訴えたという。
鈴木龍二、明治29年生まれ当時、82歳。国民新聞の政治、社会部の敏腕記者として「カミソリ龍二」の異名をとった。この記者時代に当時、警視庁警務部長だった正力松太郎(読売中興の祖=大正力)との親交が始まったとされる。
昭和11年、国民新聞が親会社となったプロ野球球団「大東京軍」(後の松竹ロビンス。現在のベイスターズ)の球団代表に就任。正力とともに「日本職業野球連盟」設立に奔走した。戦後、日本野球連盟の会長に就任。25年にセ・パ2リーグに分裂すると、27年からセ・リーグ会長を務めており、日本プロ野球の裏も表も知り尽くしたまさに球界の〝大番頭〟なのだ。
紛糾すること6時間。ようやく記者会見が行われた。「では、申し上げます」と鈴木会長が口火を切った。
「リーグ会長として江川君の巨人軍選手登録に対する申請は、協約上、該当しないということで却下いたしました。これが私の判定ということです」
このあと井原事務局長が問題となった野球協約141条の項を却下理由として読み上げると、突然、巨人の長谷川代表が割って入った。
「問題はその141条です。ドラフト前日は協約を読むと〝空白期間〟がある。それゆえ、巨人軍は江川君を自由契約選手として入団交渉をしたのです!」
激しい剣幕(けんまく)で言い立てる長谷川代表を鈴木会長が制した。
「協約にあるこの1日は、各球団が新人選択の方針を樹立する余裕を与えるもので、この1日を利用して他球団が選手契約を締結できるなどとは謳(うた)っていない」
会見の最後に記者の質問が飛んだ。
「会長、明日のドラフトで巨人を除く11球団は江川を指名してもいいんですね」
「その通り!」
鈴木の切れ味鋭い言葉が響いた。(敬称略)