町工場のエンジン技術は消えてしまうのか EVシフトに踏み切れない自動車業界の事情

ホンダ向けに、吸排気バルブを作動させるエンジン部品を生産する日進製作所の工場。なめらかな動作を実現させる技術が売りだという=京都府京丹後市(織田淳嗣撮影)
ホンダ向けに、吸排気バルブを作動させるエンジン部品を生産する日進製作所の工場。なめらかな動作を実現させる技術が売りだという=京都府京丹後市(織田淳嗣撮影)

脱炭素で進む電気自動車(EV)化の影響で見込まれるエンジン車の減少。昨年6月の連載ではエンジン車の部品を手掛ける中小メーカーで、事業をたたむ企業などをみた。中小メーカーに対し国なども支援を本格化し始めたが、企業側の取り組みは一様ではない。根強いエンジン需要や定まらない脱エンジン化の流れがあるためで、中小メーカーの混乱に拍車をかけている。

低調な出足

「まだ焦っていない企業が多い。仕事がなくなってからでは遅い。早めに対策に取り組んでほしい」

こう話すのは、部品メーカーの業態転換支援事業に取り組んでいる「京都高度技術研究所(ASTEM)」(京都市)の孝本浩基・地域産業活性化本部長だ。

ASTEMが取り組んでいる事業は、経済産業省が全国で展開している「ミカタプロジェクト」。EVシフトに伴い痛手を受けるエンジン部品メーカーなどを対象に、電動車の部品を手がけるなどの業態転換を支援する。全国18カ所の拠点で委託を受けた団体が昨年8月にスタートした。ASTEMは京都府、滋賀県を担当。窓口相談に応じ、必要があれば専門家を無料で派遣しアドバイスする。

だが、窓口相談は2月末現在で13件、そのうち専門家の派遣にいたったのは8件。自動車産業がそれほど盛んでない地域とはいえ「決して多いとはいえない数字」(孝本氏)だ。

大阪、兵庫、奈良、和歌山の1府3県でも2月末時点で、窓口相談は十数件あったが、専門家の派遣はない。「周知が足りていない面もある」と1府3県での事業を請け負う中小企業基盤整備機構・近畿本部(大阪市)は認める一方で「絶対数から見ると反応はとても少ない」とする。

四国では1月に専門家などを招いた研修会を企画していたが、応募企業が少なかったため中止となった。経産省は今後、本格的なテコ入れを図るという。

欧州の異変

低調な滑り出しには「当面のところ仕事がある」(孝本さん)こともあるようだ。国内自動車メーカーは相次いで電動化目標を打ち出しているが、ディーゼル車も含めると昨年の国内新車販売台数の5割近くはエンジン車。国内メーカーが強みをもつハイブリッド車(HV)もエンジンを積んでおり「エンジン需要は急減しない」(関係者)とみられている。

製造現場では「業態転換して一度技術が失われた場合、必要になったときに取り戻せるか分からない」(自動車メーカー)との声も根強い。

また、自動車メーカー間でのEVをめぐる姿勢の違いもある。

ホンダは2年前、2040年に販売をEV、燃料電池車(FCV)のみにすると表明。一方、トヨタ自動車はエンジン車を含め、EV、HV、FCVの「全方位」戦略をとる。水素を燃料とした水素エンジン車にも取り組む。EV販売をリードする日産自動車も、エンジン車廃止には言及していない。

日産は2月末、2026年の電動車の販売比率について、世界最大市場の中国での目標を40%から35%に引き下げた。「中国は(ガソリン車などの)内燃機関の需要がもう少し続く」と判断したため。EVシフトの方向性は変わらないものの、微調整が続いている。

先鋭的にEV化を進め、世界でEV比率の高い欧州でも「異変」が伝えられた。2035年までにエンジン車の新車販売の事実上の禁止を打ち出した欧州連合(EU)に対し、ドイツは2月、CO2と水素でつくる合成燃料「e燃料」で走るエンジン車の域内販売を容認するよう要求した。e燃料も実質的にCO2を排出しないためだ。

欧州最大の自動車生産国のドイツには部品メーカーが多数存在し、雇用確保などを意識したとの見方がある。孝本さんは「世界的にも定まりきらない情勢が、中小メーカーの判断を鈍らせている面がある」と分析する。

青天の霹靂

一方、相談に訪れる企業の悩みは深刻だ。

ホンダから吸排気バルブを作動させるエンジン部品の製造を請け負う日進製作所(京都府京丹後市)。小石原正英・機能製品事業本部長(55)は「青天の霹靂(へきれき)でした」とホンダの脱エンジン発表を振り返る。

昭和21年の創業以来、主に家庭用ミシンの部品を製造していたが、34年にホンダから二輪車向け部品を受注したのをきっかけに、取引がスタート。地域で従業員800人の1次下請けメーカーに成長した。

ホンダからは、EV向け部品の注文や打診はない。「(EV化への対応は)いつ、どうやって着手したら良いのかも分からない」

そんな折、取引先から「ミカタプロジェクト」を紹介された。2月には工場に初めて専門家を招き、本格的な業態転換の可能性などのアドバイスを受けた。

エンジン部品は農機メーカー向けに需要はあると踏む。そのうえで培った技術を総点検し、新規事業として医療分野での製品開発を模索。骨折した部位を接続する「骨ネジ」をつくる加工機に取り組んできた。

エンジン需要は根強いとはいえ、自動車産業専門調査会社のフォーインによると昨年はEVなどの世界販売が初めて千万台を超え、拡大は続く。

確実に迫るEV化。既存事業を温存しつつ、いかに転換を進めるか-。まだ結論は出ていない。小石原さんは「全く別の事業分野も含めて、他企業などとのビジネスマッチングを進めていきたい」と話す。(織田淳嗣)

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