岸田文雄首相が21日、ロシアの攻撃にさらされるウクライナの首都キーウを電撃訪問するのは、先進7カ国(G7)議長国としてウクライナへの連帯を示し、法の支配に基づく国際秩序を堅持する姿勢を打ち出すためだ。中国の習近平国家主席がロシアでプーチン大統領と会談し、和平協議を促すなど中国主導の秩序形成の構えを見せている。安全確保や情報管理など越えるべき障壁もあったが、首相は訪問を決断した。
「いつでも危険なことに変わりはない」
首相はかねて周囲に語り、早期のキーウ訪問の時期を探っていた。
昨年2月のロシアの侵攻開始後、訪問を計画したのは今回が初めてではない。最初は昨年6月、ドイツで開かれたG7首脳会議(サミット)に合わせた訪問を検討した。だが、スペインでの北大西洋条約機構(NATO)の首脳会議に出席する必要があり、「時間がはまらなかった」(官邸幹部)。昨年末も再び浮上したが、ロシア軍によるミサイルや自爆型ドローンの攻撃が激化し、見送った。
訪問の障壁となったのが安全確保だ。他のG7諸国と異なり、日本は自衛隊を現地に派遣し、首相を警備させる法的根拠がない。NATO加盟国でないため、情報収集にも限界がある。政府内にも慎重論は根強かった。
今年に入ると、通常国会が召集され、慣例である海外出張についての国会の事前承認が必要になった。渡航の日程が事前に明らかになれば、安全確保は一層難しくなる。
一方、首相が議長を務める5月の広島市でのG7サミットまで2カ月を切り、今回のインド訪問を逃すと、海外出張の機会は限られている。与野党からもウクライナ訪問の事前承認は不要との声があがっていた。現地での警備もウクライナ側が担当することでメドがついた。政府関係者は「タイミング的にここしかなかった」と打ち明ける。
首相を訪問に駆り立てたもう一つの理由が中露の接近だ。台湾統一に向けて武力行使も辞さない姿勢の習氏は首相のキーウ訪問と同じタイミングで訪露し、プーチン氏との蜜月を見せつけている。
「ウクライナは明日の東アジアかもしれない」。首相はこう訴えてきた。ゼレンスキー氏と現地で会談して結束をアピールすることで、「力による一方的な現状変更を許さない」とのメッセージを国際社会に発信したい考えだ。(永原慎吾)