スポーツ茶論

18歳の500メートルと3000メートル 橋本謙太郎

全国高校スケートのスピード女子1000メートルの表彰式で、メダルを手にする(左から)2位の岡谷東・北原伊織、優勝した白樺学園・久保杏奈、3位の岡谷南・野明花菜=令和4年1月19日、YSアリーナ八戸
全国高校スケートのスピード女子1000メートルの表彰式で、メダルを手にする(左から)2位の岡谷東・北原伊織、優勝した白樺学園・久保杏奈、3位の岡谷南・野明花菜=令和4年1月19日、YSアリーナ八戸

桜の季節がきた。この春に卒業する高校3年生もまた、新型コロナウイルスの影響を受け、通常の学生生活を過ごすことが難しい状況を経験してきた。そんな中でも前を向いてスポーツに取り組み、高校最後の一年で強烈なインパクトを残したのがスピードスケート女子の野明花菜(長野・岡谷南高)だった。

男子1500メートルの元世界記録保持者で岡谷南高スケート部の指導者でもある弘幸氏を父に、1996年世界選手権総合3位の(旧姓・上原)三枝さんを母に持つ精鋭は、全国高校選手権などの年代別大会の表彰台によく上ったが、昨年度まで優勝はなかった。

この1年の目標の一つに〝全国制覇〟を掲げ、1月の全日本ジュニア選手権で、念願の全日本タイトルを手にした。「取れそうで取れなかった順位だったので、やっときたなという感じでした」と喜んだ。意外だったのはその種目だった。頂点に立ったのは自身が長年力を入れてきた500メートルではなく、両親の専門だった中長距離の3000メートルだった。

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きっかけは昨年2月に長野市で行われた大会だった。専門外の3000メートルだが、年に一度だけ滑ることにしていたという。その大会での成績が思いのほかによかったことから、国内主要大会に出場。同年10月の全日本距離別選手権で14位になると、12月の全日本選手権では7位入賞を果たし、全日本ジュニア選手権の優勝につなげた。

勢いはさらに続き、今年2月には初出場のジュニアワールドカップ(W杯)でも3位に入り、あっさりと世界の表彰台に立った。本人は「実感がわかない。まさかそんなところまでいけるとは思っていませんでした」といいつつ、「500メートルはめちゃくちゃ緊張するんですけど、専門種目じゃないからそんなに緊張するわけでもなくて、気楽にできるので」と勝因を分析。遺伝的要素については「いや、そういうのはあんまり…」と影響は感じていない様子だ。

だが、ある関係者は「リズムやペース配分など長距離的感性が不思議なくらい磨かれている」と指摘する。後天的なものだけでは説明しきれない何かがあるように思える。

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そうなると「今後、短距離と長距離のどちらに力を入れていくのか」と考えてしまうが、それはやぼというものだろう。野明は「500メートルはやっぱりスピードが出るので滑っていて楽しい。3000メートルは長いので、頭をクリアにしていろいろ考えながら滑れるので楽しい」と話す。

飛躍的に伸びたのは3000メートルだが、今年の全国高校選手権は500メートル、1000メートルとも2位で短距離も速い。昨年の全日本選手権で500メートルと3000メートルの両種目にエントリーした選手は、野明のほかは高木美帆(日体大職)だけ。オールラウンダーとしての可能性も十分あるのだ。

方向性について、弘幸氏は「本人が決めること」と言葉少な。一方で「スケートが好きで自分でも考えてやっているようなので、親としてはよかったなと思っています」。記録や才能より、スポーツに向き合う姿勢に成長と喜びを感じているようだ。

スポーツを好きになり、自分なりの取り組みをする。それこそが、両親から与えられた最も大切な素養かもしれない。

4月には首都圏の私大に進学する。どういう形でスケートを続けるかは模索中だ。「環境も変わって大変になると思う。今年のタイムを抜いて、自分の身の回りのことをできるようになれれば」。18歳は地に足をつけ、新生活を思い描く。

「スポーツ茶論」は今回で終わります。4月から新しいコラムが始まります。

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