難聴は認知症の最大のリスク要因であることが最近の研究で明らかになってきた。しかし日本では、自覚しても医療機関で受診したり補聴器をつけたりする人が少ない。そんな中、聴力が年齢相応かを簡単にチェックできる機器を医療機器メーカーが開発。受診などの適切な対応につなげるきっかけにと期待されている。
聴力が「何歳相当」かが簡単に分かる機器の名称は「聞こえチェッカー」。東海大医学部の和佐野浩一郎准教授(耳鼻咽喉科)が監修し、補聴器大手のリオンが令和3年10月に開発した。
聴力をチェックしたい人は「聞こえチェッカー」端末につないだヘッドホンを装着。流れてくる3つの周波数の音を聞き、聞こえたら画面上の「はい」、聞こえなくなったら「いいえ」の部分に触れることで、わずか2分程度で「あなたの聞こえ年齢は70代前半です」といった具合に、聴力が何歳相当かが表示される。
耳鼻科を受診したほうがよい場合は、その旨も表示され、受診の際はこの結果をプリントアウトして持参することで医師にスムーズにつなぐことができる。
和佐野氏は「血圧計のように調剤薬局や市役所に置いてもらうことで、待ち時間などに気軽に聴力をチェックしてもらえる環境になれば」と期待を込める。
1万人の平均と比較
これまで、高齢の患者から「私の聴力はどのくらい?」と聞かれても、医師は「何デシベル」といった、日常になじみのない音の単位で伝えるケースも少なくなかった。高齢者の平均聴力のデータが乏しく、年齢に相応した聴力なのかを説明することが難しかったからだ。
そこで和佐野氏らは2年前、国内の男女約1万人の聴力検査の結果を基に、10~90代の年代別の平均値を算出。データベースとしては世界最大規模だ。「以前から米国で4千人程度を対象にしたデータはあったものの、平均寿命が日本よりも短いこともあり、高齢者、特に80代以上のデータがほとんど含まれていなかった」(和佐野氏)が、和佐野氏の調査で高齢者層についても平均的な聴力を算出できたため、「衰え」を客観的に認識しやすくなった。
補聴器所有は少数
難聴は認知機能の低下とも関連があるとされる。メカニズムについてはいくつかの仮説があり、聴力が低下して相手の話などを一生懸命に聞き取ろうとすると、他の働きを行う脳の領域が減ってしまう▽難聴で耳から入る情報が減ることで脳への刺激が減り、萎縮を起こす-などといわれている。
実際、米国の研究では難聴があると脳の容積が小さくなることや、豪州の研究では難聴者が補聴器をつけると認知機能の低下を抑制できたことが、それぞれ報告されている。英医学誌「ランセット」の委員会は2020年、認知症につながる予防可能な12のリスクの中では、難聴が最大のリスク要因であると発表した。
ところが国内では難聴を放置する人が少なくない。
日本補聴器工業会などが昨年、国内の90代以下の約1万4千人を調査したところ、難聴を自覚する人の比率は10%で、欧州各国とほぼ同水準だった。ただ、自覚がある人のうち医療機関を受診したという人は38%、補聴器を所有している人は15%にとどまり、欧州各国と比べて対策を取る人の割合が大幅に低かった。 また、すでに補聴器を所有する人のうち51%が「もっと早く使用すべきだった」と答えていた。
聴力を知り、衰えを自覚することができる「聞こえチェッカー」が普及すれば、生活上の不便だけでなく、「年齢の平均よりも聴力が低いから受診する」「補聴器をつける」といった行動に結びつきやすくなり、認知症予防にもつながりそうだ。
(山本雅人)