許家元(きょ・かげん)十段に芝野虎丸名人が挑む囲碁のタイトル戦「大和ハウス杯 第61期十段戦」(産経新聞社など主催)の五番勝負第1局が3月7日、大阪府東大阪市の大阪商業大学で開幕した。
許十段の3連覇の達成なるか、それとも挑戦者が新たにタイトルを獲得するのか。注目の対局に先立ち、特別協賛する大和ハウス工業(本社・大阪市)の芳井敬一社長と、許十段が記念対談。対局への意気込みや期待を語った。
(聞き手/産経新聞東京本社 文化部長 本田誠)
「勝ち続ける難しさ。最善尽くす」(許)
「緊張感を楽しめたときに底力」(芳井)
─ いよいよ十段戦が近づいてきました。特別協賛の思いや今回の期待などを、芳井社長から
芳井 当社の創業者も「継続は力なり」と言われています。継続することがどんどん力になっていく、と。また「文化、芸術を大切に」ということばも残されています。私も文化、芸術が好きで、それらが長く継続されていくことを望んでいます。今回もしっかりと支援させていただきたいと思います。
─ 昨年の第60期十段戦では余正麒八段を3連勝で下し、4期ぶりにストレート決着させました。戦いを振り返って
許 実力的にも、技術的にもほとんど差がなかったと思います。一局目は、ぎりぎりの接戦で半目勝負だったのですが、それを制したことで勢いがつき2局目、3局目に臨むことができました。
─ 前々回の挑戦者としての立場、前回の防衛する立場。そして3連覇がかかる今回。本番に臨む心境は
許 3連覇がかかるとなると、どうしてもと意識します。勝ちたい気持ちが強過ぎると、うまくいかないことが多く、過去には、大一番の勝負どころで冷静さを保てきなかった、という苦い経験もあります。そのへんをどうやってうまく立ち回るか。勝ち続けるのは本当に難しいですね。しかも、挑戦者は、その年最も勢いがある棋士で力のピークにあります。最善のパフォーマンスを尽くして、負けないようにしたいと思います。
― 産経新聞で連載された「挑戦するトップ」の中でもお話されていますが、芳井社長は若いころにはラグビーで、そしてビジネスの世界でも勝負を続けています。勝負にどういう心構えで臨んでいるのでしょうか
芳井 私は、緊張感がすごく好きなんです。営業をしていたときでも、「今期は、数字がない…」と追い込まれる瞬間ってすごく好きでした。「ここを逃げずに、どうこなせばいいのか」となれば、いろいろ工夫もしますから。
許 自分も緊張感は好きです。紙一重の勝負とか好きで、ちょっとわくわくします。
芳井 緊張であがってしまったら、本来の力を出せませんが、緊張を楽しむことができたら、底力が出ますよね。
「前日はリラックス心がけ」(許)
「リセット上手は仕事上手」(芳井)
― 挑戦者の芝野名人は、許十段が初の十段戦のタイトルを奪取した対戦相手でもあります。芝野名人についての印象は
許 とても手ごわい相手です。昨年、名人を獲ってからも勝ち続けており、すごく勢いがあります。最強の挑戦者といって過言でないと思います。棋士には、感情を表すタイプの人が多いのですが、芝野名人はあまり感情を出さず、本当に冷静。そして粘り強い。厳しい戦いになるのは間違いありません。これといった対策は、まだ立てていませんが、時間の使い方には気をつけたいですね。終盤の勝負どころでは、時間がない方が圧倒的に不利になるので、そのへんを考えながらやっていきたいと思います。
芳井 芝野名人とは一昨年に対談させていただきましたが、物静かな中にもすごいファイトを感じました。許十段もそうですね。2人とも若くて、許十段が25歳、芝野名人が23歳。10年後にはどうなっているんだろう、とこれから先のことも本当に楽しみですね。
― 対局の前日はどのように過ごすのでしょうか。決まってやること、などはあるのでしょうか
許 一時期は必ずカツカレーを食べていたのですが。最近は、Jポップを聴きながら散歩して、リラックスするようにしています。翌日の布石を考えることもあります。以前はけっこう眠れないことが多かったのですか。最近は常に平常心というか、冷静さを意識してやっています。対局後も脳が興奮して、負けると悔しくて眠れないし、勝っても高揚してなかなか寝つけませんから、そういうときも、やはり音楽を聴いてリラックスしています。
― ビジネスの世界でもたびたび正念場があると思いますが、芳井社長の場合は
芳井 私もいつも、頭の中で好きな曲をかけてリラックスするようにしています。大学でラグビーをやっていた時代も公式戦に出る前も、寮では音楽をかけっぱなしでした。私はよく、「どこでもリセットできる人が仕事上手」と言っています。肩の力を抜いた方が全体が見えて、うまく行くことも多いですよね。
「3連覇目指し力出し切る」(許)
「良い勝負は心豊かにする」(芳井)
─ 新型コロナウイルスや世界情勢の緊迫など、まだまだ困難な時代が続いています。こうした中でこそ、囲碁をはじめとする文化が果たす役割は大きいのではないでしょうか
芳井 囲碁の文化は、子供たちも大人も楽しめます。もちろん勝負ということもありますが、楽しみであったり、心のよりどころになったりするかもしれません。良い勝負をみると、気持ちが高まり、心が豊かになると思います。
許 サッカーやバスケットと違って、囲碁の場合、一手だけを見てもなかなかわかりづらいところがありますので、そのへんをどう工夫して伝えていけばいいのかな、と考えています。将棋は、〝観る将〟(観戦を楽しむ将棋ファン)が増えていて、聞く限り、一人一人の棋士にキャラクターを立てるような感じで楽しんでいるのだそうです。囲碁でも、そういうこともできたら、と思います。
― 十段戦に向けて、芳井社長から許十段にエールを
芳井 ぜひ3連覇を目指してください。1強が誕生するというのも、おもしろいと思いますので強さを見せつけてほしいですね。
許 ありがとうございます。かなり厳しい戦いになると思いますが、3連覇できたらいいな、と思います。精いっぱい、自分の持っている力を出したいと思います。
(本文中敬称略)
よしい・けいいち 昭和33(1958)年、大阪市生まれ。64歳。中央大文学部卒。神戸製鋼グループの神港海運に入社し、神戸製鋼ラグビー部に所属。平成2(1990)年、大和ハウス工業入社。海外事業部長、取締役専務執行役員などを経て29(2017)年11月から現職。
きょ・かげん 平成9(1997)年、台湾生まれ。25歳。小学校卒業後、来日。25(2013)年に15歳でプロ入り。30(2018)年の碁聖戦では当時七冠を独占していた井山裕太三冠を3戦全勝で下し碁聖位を奪取。令和3(2021)年に芝野虎丸名人を破り初の十段を獲得。昨年4月の十段防衛で、タイトル獲得は通算6期。
※本記念対談は感染症対策を徹底した上で行いました。
提供:大和ハウス工業