「日本のアマルフィ」に崩壊寸前の廃墟旅館 ついに撤去も残る火種

「日本のアマルフィ」と呼ばれる和歌山市の雑賀崎地区
「日本のアマルフィ」と呼ばれる和歌山市の雑賀崎地区

海沿いの斜面に家が密集する景観がイタリアの世界遺産・アマルフィに似ているとSNS(交流サイト)で話題になり、「日本のアマルフィ」とも呼ばれる和歌山市の雑賀崎地区。その一角で長年放置されてきた廃虚の旅館を、市が空き家対策特別措置法に基づき、所有者を特定できない場合の「略式代執行」で解体する準備を始めた。地区は国の名勝・和歌の浦を構成する景勝地。崩落すれば危険として、これまで地元住民が市などに繰り返し対策を要望してきた。長年の懸案が、ようやく解決に向けて動き出した。

廃虚の旅館は、車がすれ違えないような狭く曲がった道路沿いに立地。かつては旅館「太公望」として営業していた。

市によると、建物は鉄筋コンクリート造り地上2階・地下1階。建築時期は不明だが、昭和43年ごろに増築されたという。

地区連合自治会長の寺井節次さん(75)によると、和歌山県で昭和46年に国体(黒潮国体)が開催された際は選手団も宿泊したといい、「宿泊客も多かったので、土・日曜はバスを通すため道路を一方通行にしていた」と振り返る。

地区に住む別の50代女性は「子供のころに旅館で卓球をしたことがある」と話す。

関係者によると、太公望は、まずは本館で営業を開始。後に北西に約600メートル離れた高台に新館を建築したのを機に、本館は昭和50年ごろから営業しなくなった。

新館は和歌の浦を見渡す高台にあり、展望大浴場やプールなども備えて観光客の人気を集めたが、その後は経営不振となり廃業。運営会社は平成26年に経営破綻した。

その後、新館は競売にかけられ所有権が移ったが、本館は買い手がつかなかった。その本館の所有者も令和元年に亡くなり、関係者が土地と建物の相続を放棄したため、所有者不在となった。

台風で飛び交う部材

緑のシートで覆われた廃虚旅館の本館=和歌山市の雑賀崎地区
緑のシートで覆われた廃虚旅館の本館=和歌山市の雑賀崎地区

長年放置された本館の建物は現在、緑のシートで覆われているものの、木造屋根は崩壊し、外壁は剝落。内部の天井や壁、床の腐食も著しい。

建物のある場所は土砂災害特別警戒区域に指定されており、周辺住宅と近接している。建物が面する道路は住民の生活道路で、災害時の避難経路でもある。

近くに住む男性(79)は「横を通るときは、いつも危険を感じる」と不安を口にする。

実際、関西国際空港の連絡橋にタンカーが衝突するなど各地に甚大な被害を起こした平成30年9月の台風21号では、木造屋根の部材が強風で飛散。周辺住宅に被害が及んだ。

寺井さんも「台風当日は部材が飛び交っていた」と証言する。

こうした危険性は台風以前から指摘されており、地元では市や県に対し、繰り返し対策を要望していた。

解体費6900万円

市では地元の切実な要望に応え、廃虚の建物が崩壊すれば危険と判断。空き家対策特別措置法に基づき、所有者を特定できず、建物が危険な状態にある場合、自治体が強制的に取り壊せる「略式代執行」の準備に着手した。

廃墟旅館の本館の崩壊した木造屋根=和歌山市の雑賀崎地区
廃墟旅館の本館の崩壊した木造屋根=和歌山市の雑賀崎地区

市の担当者は「略式代執行は最終手段。本来は、そこに至る前に問題を解決しなくてはいけなかった」と打ち明けるが、住民の強い要望を踏まえて対策に乗り出した。

まずは所有者の関係者らと交渉を重ね、令和3年12月、放置すれば倒壊などの危険がある「特定空き家」に指定。解体に向けた調査・設計費を4年度予算に計上し、5年度には解体費約6900万円を当初予算案に計上した。

建物の老朽化が著しいため、市では本格的な台風シーズンの到来前に取り壊したい考えだ。

一方、関係者によると、競売で買い手のあった新館は、コロナ禍前までは営業を続け、外国人団体客なども利用していたが、コロナ禍後は営業をやめている。建物の荒廃が進んでおり、地元では新たな問題になっているという。(加藤浩二)

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