電子商取引大手のアリババの野心的な社員が杭州市での商談の際、タクシーが見つからずにずぶ濡れの状態で到着したことから、配車アプリを運営する滴滴出行(ディディチューシン)を立ち上げたのは12年のことだ。同社はサービスに登録することは有益であると運転手を説得しようと、一日中タクシーを呼び止める人員を雇い、北京の交通規制当局の認可を受ける前からサービスを開始した。
寧が手がけた今回のノンフィクション作品の原作は、中国のテック企業の躍進が止まらないかのように見えた17年に中国で発売された。寧が講演で、著作であるシュールレアリズムの小説『三個三重奏(3組みのトリオ)』で現在の中国を表現するために「超非現実」(中国語では“超幻”。幻を超えるという意味)という言葉を編み出してから2年後のことだった。
この小説では、刑務所に収監された司書が2人の死刑囚の話をする。ひとりは腐敗した企業の代表で、ひとりは不正の疑いをかけられた地方知事の個人秘書だ。寧がつくった新しい言葉は、現代の中国における急成長と極端な腐敗に関する現実のニュースが、いかに現実と超現実の境にあるかのように見えるかを捉えた表現だった。
「ガレージカフェ」に集うスタートアップ
寧が中関村を描いたノンフィクション作品のジェームズ・トラップによる英訳版は、22年に発売された。中国共産党がハイテク企業の力を削ぐための規制を導入してからのことである。新たな規制は、ずさんなデータ収集や技術エコシステムの「壁に囲まれた庭」からの競合他社の排除など、テック企業の最も悪質な慣行のいくつかに対処するものだった。
滴滴出行はUberの中国事業を買収して海外で急成長したものの、競争法をかいくぐり、顧客データを不適切に扱ったとして政府から巨額の罰金を課されている。このことから世間は同社のおこないを訓話として捉えるようになった。同社は21年の上場から1年足らずで、ニューヨーク証券取引所からの上場廃止を余儀なくされている。
こうした政府のハイテク企業に対する風当たりは、中国国民の一部の考え方にも影響を与えている。レノボやアリババの創業者たちは英雄の立ち位置を失い始めたのだ。
「こうした創業者たちを犯罪者だと考える人さえいます」と、寧は語る。レノボは役員に過剰な報酬を与えて国有資産を流出させたとして、国家主義の論者から攻撃されたのだ。
一方で欧米、特に米国では、中国のハイテク企業に対する印象は知的財産の窃盗や中国共産党の手先であるという懸念に集中しがちである。政府系ハッカーが中国の産業が利するよう機密情報を盗んだ事例が確認されているが、中関村のハイテク企業は欧米の企業の劣悪なコピーという不当な評価を受けていることがあまりにも多い。中国経済や文化をよりオープンにしたことや、優れた製品を生み出している点については、あまり議論されていないのである。
米国の政治家はTikTokについて、たいていは漠然とした国家安全保障上の懸念を口にする。だが、バイトダンスの共同創業者の張一鳴(チャン・イーミン)から受ける最初の印象は、彼がテック製品のビジョナリーであることだ。張は10億人以上が夢中になるほど効果的なアプリをつくり上げ、自社の製品が無用のものになるとメタ・プラットフォームズをはじめとするシリコンバレーの企業の幹部たちを恐れさせているのである。
本書の後半で、寧は中関村の「ガレージカフェ」を訪れる。「ガレージカフェ」は次の張一鳴を目指す人々がスタートアップの夢を追いかけるためにやってくる、配管がむき出しの施設だ。「サッカー場の半分ほどの広さの800平方メートルの作業スペースには、目に見えるすべての場所にコンピューターがある。起業家や投資家がスマートフォンを耳に当てながら、一緒に仕事をする方法を考えている」と、寧は説明する。
コーヒーだけでなく、「ガレージカフェ」はワークショップやプログラミングの書籍を扱う図書館、スマートフォンなどのデバイスの時間貸しサービスを提供しており、独自のスタートアップインキュベーターさえある。「ガレージカフェの印象は鮮烈でした」と、寧は語る。「前世代の人々は地面を歩こうと鎖の拘束から逃れました。ガレージカフェの若い人たちは、まるで空を飛んでいるようです」
この本を書き終えてからの数年間は、ゼロコロナ政策によって生活や野心を制限され、中国の若いイノベーターたちは大変な時期を過ごしたと、寧は語る。しかし、この数週間で北京やほかの都市は再び活気を取り戻している。
その間に、政府はおすすめ表示のアルゴリズム、AIが生成するコンテンツ、ゲーム産業、オンラインのファンクラブなどに対して新たな規制を課した。しかし、中関村の歴史を振り返ると、こうした規制は、テック系起業家の創意工夫をより活発にさせるだけなのかもしれない。
(WIRED US/Translation by Nozomi Okuma)