第五章 再びの日坂 六 (文・永井紗耶子)
「それは、己の境遇を変えるだけの御力がおありだったからでしょう。努めた分だけ報われる御立場であった。されど民草は、生まれ落ちた地から逃れることすらままなりません。愚かな主の元に生まれたら、命を落としかねない。只人(ただびと)が世を変えようと足掻(あが)いたとて、庄太夫(しょうだゆう)様のように扇腹(おうぎばら)を切ることになるのですから」
定信(さだのぶ)は、ふむ、と言って唇を引き結ぶ。確かに庄太夫の武士としての生き様(ざま)に過(あやま)ちはない。扇腹を切ることになったのは口惜(くちお)しい。