学芸万華鏡

人はなぜ、神を信じるのか 最相葉月が聞いたキリスト教信者135人の証言

さいしょう・はづき 昭和38年、東京都に生まれ神戸市で育つ。関西学院大学法学部卒業。平成9年『絶対音感』で小学館ノンフィクション大賞。19年『星新一 一〇〇一話をつくった人』で大佛次郎賞、講談社ノンフィクション賞、日本SF大賞を受賞。他の著書に『青いバラ』『いのち 生命科学に言葉はあるか』『セラピスト』『ナグネ―中国朝鮮族の友と日本』など。(写真は提供、平瀬拓さん撮影)
さいしょう・はづき 昭和38年、東京都に生まれ神戸市で育つ。関西学院大学法学部卒業。平成9年『絶対音感』で小学館ノンフィクション大賞。19年『星新一 一〇〇一話をつくった人』で大佛次郎賞、講談社ノンフィクション賞、日本SF大賞を受賞。他の著書に『青いバラ』『いのち 生命科学に言葉はあるか』『セラピスト』『ナグネ―中国朝鮮族の友と日本』など。(写真は提供、平瀬拓さん撮影)

キリスト教徒が、神からの恵みを言葉や行動で伝えることを「証し」という。子供を亡くし、神の存在が生々しくなったと語る親、父を奪った交通加害者を恨まずに育ったと話す姉妹…。ノンフィクションライターの最相葉月(さいしょう・はづき)さん(59)が、全国の教会を訪ね歩いて信徒135人の声を聞き取ったノンフィクション『証し―日本のキリスト者』(KADOKAWA)は、現代日本のキリスト教徒の実相とともに、太古から続く人間の根源的な祈りの姿が見えてくる。

「神様、なんで―」

『証し―日本のキリスト者』(KADOKAWA)
『証し―日本のキリスト者』(KADOKAWA)

日本のキリスト教徒は総人口のわずか1・5%、約196万人しかいない。だが、日本社会ではミッション系スクールの存在や教会での結婚式など、キリスト教の教えや文化に触れる機会が多くある。

最相さん自身、クリスチャンではないがキリスト教系大学の卒業生だ。「日本のキリスト教徒がどんな存在なのかを探りたい」と、平成28年から北海道から沖縄、五島、奄美、小笠原の離島までカトリック、プロテスタント、正教などの教派を超える教会を訪ねた。

「自然災害や事件、事故、病などの不条理な場面に直面してなお信仰が揺らぎのないものだったのか」―。取材でたびたび尋ねた質問だ。

不慮の事故で子供を亡くしたある父親は、「神様、なんで―」と問いながらも、「神様を恨むことはなかった。神様の存在が生々しくなりました」と語り、母親は「神様にすがらなきゃ、神様につながらなきゃだめだって思いました」と告白する。

ダウン症の子供を持つ母親は、「人間の力ではどうしようもないことが世の中にはたくさんあるんだと、そのことを忘れないためにクリスチャンになった」と語っている。

加害者を赦した母

幼少期に父親を交通事故で亡くしたが、母親が加害者を責めずに赦(ゆる)したことで、「被害者意識や恨みの感情を持つことなく生きてきた」という姉妹。それぞれ牧師という聖職に就いており、その証しは琴線に触れる。

なぜ私なのか。なぜ私の家族なのか。事故や事件、災害、病気などをきっかけに、人生でそんな問いに向き合う場合があるだろう。姉妹の姉は、そんな試練に対して一人一人が答えを見いだしていかねばならないが、「自分の人生を肯定できるかどうかで平安が与えられていく」と説く。

キリスト教の重要な教理の一つに「原罪」がある。「すべての人間は、生まれながらにして罪を背負う」という意味だ。今は環境に恵まれて平静を保っていても、いびつな状況に置かれたときに妬みや嫉(そね)み、憎しみが湧き出してくるほど醜く罪のある自分が滅んでいないことが奇跡であり、その奇跡の上に生かされていると解説する。最相さんは、「クリスチャンであろうとなかろうと、生きる上で大切な言葉をいただいたと思います」と話す。

信徒135人の言葉

135人の証しが収められた本書は、1094ページの超大作。弟の死を十字架として生きる姉の告白などが掲載された「私は罪を犯しました」に始まり、クリスチャン家族を扱った「神様より親が怖かった」、政治や思想で信仰を左右された人々の証言「政治と信仰」など、14の章立てで構成されている。

「神はなぜ奪うのか」の章では、東日本大震災で家族を亡くした遺族のほか、中絶手術や動物の殺処分に関わる医師や獣医師の苦しい胸の内がつづられ、胸を打つ。

全国の教会を訪ねた実感として最相さんは、「少子高齢化やLGBTQ(性的少数者)などの問題が教会内でも起こっている。クリスチャンが特殊な世界にいるわけではなく、彼らの人生は日本社会そのもの」と語る。

ままならない人生の中で、崖っぷちに立たされることが誰しもあるだろう。「何か人智を超えたものにすがりたいという気持ちが人には起こる。それは太古の昔から変わらない自然なことなのではと、みなさんのお話を伺う中で改めて感じました」

神と出会い、神とともに生きる人々の実像に迫る本書が、昨今クローズアップされる宗教の問題を考える一助にもなりそうだ。(横山由紀子)

会員限定記事会員サービス詳細