京都の大蔵流狂言、茂山千五郎家の茂山七五三(しげやま・しめ)が今年、数え年で喜寿を迎えた。天衣無縫の芸で知られた人間国宝の四世茂山千作の次男として生まれたが、生活のために大学卒業後は18年間、地元の信用金庫で働きながら舞台に立っていた。「今の子たちは狂言に専念できるだけ幸せ」と七五三は言う。舞台で息子や孫たちの芸を受け止めるその目はいつも厳しくも、温かい。
「あの頃は次男は狂言だけでは食べていけなかったから」。狂言の人気が低迷していた厳しい時代に、信金職員と狂言師の二足のわらじを履いていた頃を七五三はそう振り返った。
必然的に他の狂言師より舞台に立つ機会は少なくなったが、「『あの人は勤めたはるさかい下手や』とは言われたくなかった。一曲一曲大事に(舞台を)勤めてきました」と矜持(きょうじ)がにじむ。
40歳で信金を退職し、道を狂言一本に定めたのは、長男の宗彦、次男の逸平の将来を思ってのこと。「子供のうちに狂言をちゃんと教えないかん」という親として、師としての決断だった。2人の子は今や、茂山家の中核を成す存在となった。
今月、京都市上京区の金剛能楽堂で開かれる千五郎家恒例の「茂山狂言会 春」では、喜寿記念公演として「三老曲」の一つ「庵梅(いおりのうめ)」を初演する。
七五三が勤める老尼の庵の梅が盛りとなり、女たちが訪ねてきて和歌を詠む。酒宴となり、老尼と女たちは舞を楽しむ。女性のみが登場する情緒あふれる狂言だ。
「庵梅」は兄の五世千作、父の四世千作も演じた。五世千作は尼の面を着けたが、今回「お客さんの雰囲気を近くで感じられるように」と、面を着けない直面(ひためん)で演じる。七五三は「父や兄の舞台を思い出しつつ、ほのぼのとした初春の雰囲気を自分なりに醸し出せたら」と語る。
老尼がひとさし舞う際に詞章に合わせ、お尻を上品に振るのがかわいらしい。「喜んでいただけるよう思い切って振ります」とちゃめっ気たっぷりに笑った。(田中佐和)
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3月21日に行われる「茂山狂言会 春」(チケット完売)は後日、有料によるオンライン配信あり。他に「二人袴(ふたりばかま)」「太刀奪(たちうばい)」「茶壷」。問い合わせは茂山狂言会事務局(075-221-8371)。