従業員に意欲を持って健康的に働いてもらうことで企業価値を高めていく方策を考えるセミナー「『健康経営』そして『ウェルビーイング経営』へ ~先進企業とともに考える『人への投資』の本質的価値とは~」(産経新聞社主催、アドバンテッジリスクマネジメント特別協賛)が2月3日、東京都千代田区の「JPタワー ホール&カンファレンス」とオンラインのハイブリッド方式で開催された。
セミナーでは、丸井グループの青井浩社長が「変革を続ける組織 丸井グループの『人的資本経営』~企業文化の醸成とウェルビーイングな組織づくり~」と題して基調講演。「マルイノアニメ」など従業員発の新しい取り組みが生まれる組織づくりについて語った。
第2部では、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科の岩本隆特任教授をモデレーターに、先進企業の取り組みを紹介。島津製作所人事部健康・安全センターの古田大センター長、マルハニチロ人事部ダイバーシティ&インクルージョン室の齋藤麻里室長、アドバンテッジリスクマネジメントの鳥越慎二社長が、自社での取り組みや活動を広げていくための工夫を共有した。
丸井グループ・青井浩社長の基調講演
「おじさんばかり会議」を刷新した「手挙げ文化」
当社は「人の成長=企業の成長」という理念に基づき、企業価値の向上を目指しています。社長に就任した2005年から企業文化の変革に取り組み、昔のマルイとはまったく別の会社のようだといわれるようになりました。企業文化は経営のOSに相当します。私たちは古いOSを新しいOSに更新することで、サステナビリティやウェルビーイングと収益を両立させる新しい経営へと移行しつつあるのです。私たちがめざす企業文化は、強制ではなく自主性を、やらされ感ではなく楽しさを、上意下達のマネジメントから支援するマネジメントへ、本業と社会貢献から、本業を通じた社会課題の解決へ、業績の向上から価値の向上へ、というものです。
1 企業理念
真っ先に行ったのが企業理念の策定です。私たちは何のために働いているのか、何をしたくてこの会社に入ったのか。会社の目的と個人の目的のすり合わせを10年以上にわたって続け、ほぼ全社員が参加しました。理念を共有できなかった一部の人は社を去ることになり、一時的に退職率は上がりましたが、その後は理念に共感の輪が広がり、退職率は低い水準にとどまっています。インターンシップなどを通じて新入社員にも入社前から企業理念の共有を進め、入社3年以内の離職率も改善しました。
2 対話の文化
かつては一方通行のコミュニケーションが当たり前で、対話とはどのようなものか最初は戸惑いもありましたが、試行錯誤を繰り返しながら対話の仕方を学んでいきました。今では対話の習慣が定着して会議やミーティングでは必ず対話を交えています。
3 働き方改革
真っ先に残業の削減に取り組みました。これからの仕事に重要なのは付加価値を生み出すことであり、長時間働くことではないという仕事観への転換です。
4 多様性の推進
男女、年代、個人の3つの多様性に取り組みました。男女の多様性では、女性活躍推進プロジェクトをスタートさせ、8年後には男性の育休取得率が4年連続で100%を達成。課題だった女性の上位職志向も64%まで改善しました。
5 手挙げの文化
私が社長に就任した当時の中期経営推進会議は、黒っぽいスーツを着たおじさんばかりでした。そこで、参加を希望する人に手を挙げてもらい会議を開催することにしたのです。その結果、男性も女性も新入社員からベテランまで参加する会議となり、内容も見違えるほど充実してきました。中期経営推進会議は現在も続けていますが、毎回1000人近くの社員が手を挙げ、論文審査を通過した約300人が参加しています。社内外のプログラムや新規事業、昇進試験や異動も全て手挙げ制です。
6 グループ間職種変更異動
丸井グループには小売とフィンテック以外にもITや物流、住宅関連などさまざまな事業があります。社員の手挙げに基づき、これらの事業をまたぐ異動を行っています。2022年には元の職種と異なる職種に異動した社員は累計で81%に達し、異動を経験した社員の86%が成長を実感しています。変化への対応力を高め、イノベーションを創出できる企業になることを目指しています。
7 パフォーマンスとバリューの二軸評価
人事評価制度も改正し、業績に基づく評価だけでなくバリューに関わる上司、同僚、部下からの360度評価を実施することで、パフォーマンスとバリューの二軸評価にしました。
8 ウェルビーイング
一人ひとりがやりがいをもって生き生きと仕事に取り組める活力のある組織を目指し、2016年からウェルビーイングに取り組んできました。
これらの施策により、社員のエンゲージメントが高まり、新しいサービスや新規事業などのイノベーションを創出できるようになってきました。
例えば2016年からスタートした家賃保証事業は6年間で売上高127億円、営業利益42億円の事業に成長しました。アニメ好きの社員を中心にスタートしたアニメ事業は、5年間で売上高100億円、連結営業利益への貢献額20億円の事業に成長しました。「ちいかわ」(「なんか小さくてかわいいやつ」の通称)という漫画のファンの社員が発案した「ちいかわエポスカード」など、漫画やアニメとコラボレーションしたクレジットカード、「好きを応援するカード」は多くのお客さまから支持をいただいています。
当社は小売主導の労働集約型のビジネスから、フィンテック主導のビジネスへと転換してきました。今後は人的資本を中心とした無形投資の促進を通じて知識創造型のビジネスへと進化して参ります。
丸井グループは、
①インパクトと収益を両立させる新しい経営に移行するために、経営のOSである企業文化の変革に取り組んでいます
②働きやすさに加えて働きがいを促すための取り組みを行っています
③企業文化の変革が進むにつれ、イノベーションを創出できる組織になってきました
④人的資本投資の目的はイノベーションの創出を通じて企業価値を高めることです
⑤人的資本投資を促進することで、知識創造型の企業への進化を目指します
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「最初に手を挙げたのは若手社員」 仕事に生きがい・働きがい
青井社長の講演を受け、岩本特任教授からいくつかの質問が出た。抜粋して紹介する。
岩本氏「就職活動の際、若い人がホームページで会社の人的資本経営を見て判断することが増えると思われますが、若い世代の反応は意識していますか?」
青井氏「非常に意識しています。一番意識しているのはサステナビリティ。社会課題の解決をビジネスを通じて行うということを重視し、それを発信することを意識しています。これからもっと発信していきたいのが、丸井グループに入社すると成長の機会が提供されるということ。デジタル研修がすぐに受けられ、それに基づいて自分で新しいビジネスを提案できる。人的資本への投資を増やしていることもアピールしていきます」
岩本氏「さまざまな場面で『手挙げ式』を導入していますが、他の会社では手が挙がらないような気がします」
青井氏「そんなことはないですよ。当社も最初は、全員から手が挙がったわけじゃないんです。最初に手を挙げたのは新入社員や若手社員。ベテランは様子見していました。でも、手を挙げると自分のやりたいことを会社がやらせてくれ、場所も提供してくれ、応援してくれる。そうした積み重ねで挙がるようになりました」
岩本氏「新規事業を生み出すのは簡単ではない。手挙げ式から新規事業がどうやって生まれたのか、非常に興味深いです」
青井氏「例えばアニメ事業は、アニメ好きの社員が多いことがわかり、その中からやりたい人を募りました。10人くらいの枠に200~300人の手が挙がり、その中からやる気があり、求められるスキルを持っている人たちでチームを立ち上げました。以前のマルイは、ファッションが好きなお客さまにファッションが好きな社員が販売していたんですが、今の若い人たちの情熱の対象は洋服だけじゃない。アニメやゲームといったものもお客さまに喜んでいただける対象になっています。もともとやる気があるので、社員は大好きなことを仕事にしてお金が稼げることに、生きがいや働きがいを見出だしてくれました」
島津製作所「5つの重点」 マルハニチロはチーム結成
第2部では、先進企業の取り組みが紹介された。
2017年10月に「健康宣言」を出した島津製作所は、運動、食事、睡眠、こころ、禁煙の5つを重点に置き、いきいき職場づくりをめざしてきた。ストレスチェックやEQ(感情マネジメント)トレーニングプログラムを活用。さらに、自社技術を社員に還元し、痛みの少ない乳がん検査や軽度認知障害(MCI)を早期発見する検査などを受ける社員に、検査費用を補助している。
2018年に「健康経営宣言」を策定したマルハニチロは、健康推進室、健保組合、人事部という社内の複数の組織が連携し、健康経営のための運営チームを結成。健診の事後措置の徹底やメンタルヘルスケア、生活習慣病の予防などの課題解決のほか、自社商品のDHA(ドコサヘキサエン酸)製品を活用し、中性脂肪低下につなげてもらう取り組みも行っている。
多くの企業で従業員のウェルビーイングを実現させる手助けを行っている「アドバンテッジリスクマネジメント」の鳥越氏は、「従業員のウェルビーイング実現の動きは盛んになっているが、やらなければと思いながら情報収集に終わっている企業も多い。2社はきちんとやっている」と2社の取り組みを高く評価。その後、岩本氏も交えて行ったディスカッションでは、こうした取り組みを社員に浸透させるための工夫などで活発な意見交換が行われた。