赤いライトで照らされた巣箱の中をのぞくと、丸みを帯び黒光りしたハチがせわしなく動き回り、ジリジリと機械のような不思議な音を発している。クロマルハナバチというハチの一種で、飼育しているのは研究所ではなく学校の生物クラブだ。中高一貫校の安田学園(墨田区)の生物クラブでは、クロマルハナバチやミツバチを育て、生徒の知的好奇心と科学に向き合う姿勢を育んでいる。
クロマルハナバチは日本の在来種で主に日本海側の低地に生息する。東京では野生は見られず、農業用ハウス内で受粉などに活用されている。このハチは体の筋肉を使って卵を温める習性があり、ジリジリという音はその振動音だ。
「マルハナバチは特殊なので、学校で育てているところは少ない。ミツバチもそれほど多くないと思う」。生物クラブ顧問の小島直樹さん(36)はそう話す。
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クロマルハナバチは農業で活用されることから飼育技術は確立しているが、気温や湿度を一定にするなど条件を整える必要がある。生物クラブでは、野生の環境に近づけるため、暗室に巣箱を置き、加湿器やエアコンを利用して、温度と湿度を保っている。ライトが赤いのは、ハチには見えない赤色を使うことで、暗い環境を保つためだ。
ミツバチは9階建ての校舎の屋上で数万匹を飼育している。高い場所に置くことでハチと生徒の動線が重ならないようにし、相互の安全を確保するため。ハチの飼育をしてきた高校3年の高子越(こうしえつ)さん(18)は「クロマルハナバチよりミツバチのほうが少しだけ凶暴。数も多いので刺されるのは仕方ない」と笑う。
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ハチを活動に取り入れたのは小島さんの発案だ。クラブの顧問となった当初は、自然の実地調査などが中心だった。「単発のデータ集めでなく、生物を題材にした科学研究を」。そう考えた小島さんは、大学でハチの研究をしていたこともあり、ハチの飼育を始めた。
活動は大学院レベルの研究を目指している。生徒それぞれが、興味のあるテーマについて小島さんと相談しながら研究を進めていく。
高校3年の河野洋(なだ)さん(18)は中学3年の時から4年間、クロマルハナバチが死骸を巣から取り除くメカニズムを研究した。千葉県の木更津高専と協力して体表物質を分析したり、化学物質を塗布したハチの羽を置いて観察したりし、ハチがどのように死骸を認知しているかを明らかにした。複数の高校生向けの発表会で発表し、賞を受賞した。現在は、海外の学術雑誌への掲載を目指し、英語での論文執筆を行っている。
河野さんは「『生き物が好き』を理由に入ったので、入部当初は本格的な研究に面食らった」と振り返る。飼育や実験方法の考案に苦労することもあったが「好奇心が一番のモチベーション」と充実した様子。ミツバチの学習能力について研究した高さんも「誰もやっていないことを自分で明らかにしていくことが面白い」と話す。
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クラブでの経験は進路選択にも影響を与えている。河野さんと高さんは、大学では生命科学を学ぶ学科に進学する予定だ。
高さんは「高校1年の時に、世界史を学ぶか生物を学ぶか悩んでいた。クラブの活動で、生命科学が面白いと感じ大学でもしたいと思った」と話す。河野さんも「大学では生物について学び、好奇心の赴くまま探求したい」と意気込む。
小島さんは「学校の授業は答えを覚えることが中心だが、答えのないものをひもといていくのが研究。自分で考えて試行し、答えを得ることが面白い。研究を通して、なぜ学ぶのか、大学に行くのか、理由を考えるヒントの一つになれば」と期待している。(深津響)