自然災害や生態系に影響を及ぼす気候危機を克服するため、世界の平均気温上昇を産業革命前と比べて1.5度以下に抑える国際的な約束をいかに守るか。政府や企業が温室効果ガスの削減目標を掲げるなか、実効性が課題になっている。脱炭素社会の構築を目指す鹿島は国土や都市空間をつくる建設会社として、二酸化炭素(CO2)の吸収源となる“3色”のインフラの保全・普及に取り組み、カーボンニュートラルの着実な達成に貢献する。
全国5500ヘクタールの保有林
北海道釧路市の中心部から車で約1時間の距離にある音別町尺別。かつて炭鉱で栄えた街に、広大な森林がある。1902(明治35)年に創業家2代目の鹿島岩蔵が政府から借り受けた地を起源とする約3000ヘクタールには広葉樹やトドマツ・カラマツが立ち並び、樹齢60年近い高さ20メートル以上のカラマツも生える。
林道が通り、間伐の行き届いた森林は適度な間隔を保ち、晴れた日は柔らかな日差しが地表を照らす。管理するのは鹿島のグループ会社かたばみ興業。同社の馬場崇・山林部長は「手入れして健全に育った分だけ、吸収源になる」と語った。
森林は大気中からCO2を吸い込み・堆積しながら成長し、伐って木材になっても貯留し続ける。「グリーンカーボン」と呼ばれ、脱炭素に向け重要性が見直されている。林野庁によると、36~40年生のスギの人工林1ヘクタールの吸収量は推定年約8.8トン。2~3世帯分の家庭の排出に相当する。鹿島グループは尺別を含め東京ドーム1170個分に相当する全国5500ヘクタールに上る保有林を有効利用し、CO2削減を進める。
植林し、手入れして育て、伐ってまた植える━。森林の健全な保全にはこの循環システムが求められる。しかし、人手不足や輸入材の影響で、高度成長期に造林が進んだ人工林の利用は停滞。「適齢期」とされる樹齢50年を超える樹木が半分以上(※1)を占め、伐採や植え替えは進んでいない。
カーボンクレジットの追加取得を視野に
このため鹿島は循環システムの確立に向け、国産材の需要創出に取り組む。今年4月にオープンする新しい同社の研修施設「鹿島テクニカルセンター」(横浜市)では、「CLT(直交集成板)」と呼ばれる大判の木材パネルを居室や一部構造部材として採用した。欧米を中心にマンションなど中高層建築の木造化に利用されており、国内でも新たな需要を生み出す可能性がある。
さらに、適切な森林管理によるCO2吸収分をカーボンクレジットとして国が認証する「J-クレジット」の追加取得も視野に入れる。間伐など適切な整備が条件で、保有林の育成努力を脱炭素への貢献に反映する。
かたばみ興業の大木真二執行役員は「森林は放置すると荒廃する。国土の7割近くを占める重要な自然をしっかり手入れし、守りたい」と話した。
鹿島が健全な保全・利用を進める一方、国内全体の森林の吸収量は減少している。環境省によると、2015年度に約5000万トンだったが、人工林の高齢化などで20年度は約4050万トンと1000万トン近く落ち込んだ。カーボンニュートラルの実現に多様な対策が求められるなか、新たな選択肢として注目を集めるのが海洋生態系だ。
消失した藻場の再生
沿岸域に生息する海藻や海草の藻場・浅場などは、樹木と同様にCO2を吸収して成長するため、09年に国連環境計画(UNEP)が「ブルーカーボン」と命名し、新たな吸収源として提示。特に、海洋国家であり沿岸線が長い日本では、大型藻類の生育域が他の生態系よりも広いためCO2吸収の場として期待が大きい。洋上発電施設や港湾造成などで海と向き合う鹿島は吸収源の維持・拡大につながる技術を開発している。
「消失した藻場を蘇らせることは可能だろうか」。鹿島技術研究所の山木克則上席研究員は18年、神奈川県葉山町の海の変化に危機感を抱き、本格的に研究開発をスタートした。同研究所の葉山水域環境実験場(同町)に勤務し、約30年間にわたって周辺のポイントに定期的に潜り、海藻類の生態や生育環境を調査する。
約5年前からコンブ目のアラメやカジメなどの藻場が消失する「磯焼け」に気付き、調査を進めた。結果、水温上昇が大型海藻類の生殖や成長、生残率の低下に影響している可能性が明らかとなり、それに対応するためには海藻のタネである「配偶体」の確保が重要だと考えた。地域固有の藻類から放出した胞子をもとにして得た配偶体をフラスコで浮遊状態にして増殖させ、成熟させて苗を生産する技術を開発。20年にアラメは一度消滅したが、事前に確保した配偶体から苗を生産し、漁礁に取り付け設置したところ、約半年で復活に成功した。
今年2月にはこの技術を活用した葉山町の地域連携によるブルーカーボンプロジェクトで、国土交通省の認可団体(※2)が発行する「Jブルークレジット®」を取得し、スギ3300本分に相当する年46.6トン分のCO2吸収効果も認められている。海藻から放出された炭素は難分解性物質として海底に蓄積するため、この効果は毎年積み上がる。3月には環境活動で成果を上げている企業などを表彰する「地球環境大賞」のフジサンケイグループ賞も受賞した。全国の沿岸部で「磯焼け」は深刻になっているが、山木上席研究員は「藻場を畑のように管理し、いつまでも持続させることが重要。各地に展開し、ブルーカーボンの創出に貢献したい」と話した。
CO2で固まるコンクリート
森林や海洋に続き、都市にも吸収源は広がり始めている。これまで人類の生産活動が排出を増やし、気候変動を引き起こすとされてきたが、この常識を覆す可能性を秘めた技術が脚光を浴びている。CO2を吸収して固まる鹿島のコンクリート「CO2-SUICOM(スイコム)®」だ。
建設物に広く使われるコンクリートは水と反応して砂や砂利を固めるセメントを原料とする。約1450度で石灰石を焼成するセメントは製造工程の排出が多く、いかに使用量を減らすかが課題だった。
スイコムはCO2と反応して固まる特殊材料(γC2S)を代わりに採用し、セメントの割合を3分の1まで低減。残った排出分も、製造時の吸収量が上回る結果、容積1立方メートルあたり18キログラムのCO2削減効果が見込める。
CO2を吸収するコンクリートは新たな吸収源ともいえ、こうした環境配慮型コンクリートに対して東京大の野口貴文教授(建築学)は「ホワイトカーボン」という名称を提唱する。セメント産業の排出量は年約4300万トン(※3)とされる。スイコムに全て置き換えると国内全体の森林と同等のCO2削減効果があり、インパクトは大きい。政府も2月に閣議決定した「GX実現に向けた基本方針」で導入支援を明記した。
鹿島技術研究所の坂井吾郎主席研究員は「住宅やビル、橋などあらゆる建物が、CO2を吸収・貯留する可能性を秘めている。活用を広げたい」と語る。
環境省によると、日本の20年度の温室効果ガス排出量は前年度比5.1%減の11億5000万トン(CO2換算)。1990年度以降で最少を更新したが、依然として高水準にある。再生可能エネルギーの普及など排出削減に加え、鹿島が展開するグリーン、ブルー、ホワイト3色の吸収源を広げることがカーボンニュートラルへの道筋を確実にする。
(※3)2018年度。セメント協会調べ
提供:鹿島建設株式会社