COPD喫煙習慣などで発症、QOL低下 害を低減する「ハームリダクション」を考える(下)

誰もが100歳まで生きることが当たり前になる時代に備え、産経新聞社が取り組んでいる「100歳時代プロジェクト」。健康長寿の妨げとして挙げられる「喫煙」のハームリダクション(害の低減)について考える3回シリーズの最終回は、喫煙と「COPD(慢性閉塞=へいそく=性肺疾患)」の関係について取り上げる。患者の多くが喫煙者で、別名「たばこ病」とも呼ばれるCOPDは、気づかないうちに進行し、生活の質(QOL)を著しく下げる。加熱式たばこや電子たばこといった紙巻きたばこの代替品は、COPDのリスクを減らす可能性があるのか。最新の研究結果から考える。

「ハームリダクション」を考える(中)

「ハームリダクション」を考える(上)

喫煙と切っても切れない疾患「COPD」は肺の生活習慣病と呼ばれ、肺に炎症が起こり、呼吸がだんだん苦しくなる慢性の病気だ。肺気腫や慢性気管支炎などと合わせて、COPDと呼ばれる。

世界の死因第3位

厚生労働省の「人口動態統計」によると、令和3年に国内でCOPDで死亡した人は1万6384人(男性1万3670人、女性2714人)。男性では死因の第9位に入っており、世界保健機関(WHO)によると、世界では死因の第3位がCOPDだという。

長年の喫煙習慣などが原因で発症するといわれており、男性患者が多いのは過去の日本の男性の喫煙率が高かったためとみられる。長期間喫煙を続けた人のうち、COPDを発症する人は約20%といわれている。一方、女性は肺が小さいため、男性よりCOPDを発症しやすいとする研究もあり、喫煙習慣のある女性は注意が必要だ。

COPDの発症メカニズムはこうだ。紙巻きたばこや大気汚染などにより汚染物質が呼吸を通じて肺に入ると、気管支や肺に炎症ができる。そのため、空気が通る気管や気管支が狭くなったり、気管支の先のぶどうの房のような形をした「肺胞」が壊されたりして、呼吸機能が低下していく。悪化するとせきやたん、息切れなどの症状が強くなり、日常生活に影響が出る。感染症にかかり、急速に症状が進む恐れもある。症状は気管支ぜんそくに似ているが、COPDは進行性であり、一度壊れた肺は元に戻ることはない。治療には、気管支を広げて呼吸を楽にする気管支拡張薬などが使われ、重症になると、自力での呼吸で肺に酸素を十分に取り込めなくなるため、酸素吸入が必要となることもある。

患者は「氷山の一角」

日本では戦後から1970年代ごろまで、紙巻きたばこの消費量が増え続けていた。80年代に入ってから消費量は減少に転じたが、COPDは長年の喫煙習慣によって発症するため、90年代に入ってCOPDの患者数は一気に増加した。


COPDの初期症状は少し息切れを感じる程度であり、運動不足や年齢のせいと考えて医療機関にかかる人は少ない。国内の研究では、日本の40歳以上のCOPD有病率は8・6%、患者数は約530万人と推定されている。喫煙を経験した人の8人に1人がCOPDの可能性がある。しかし、実際にCOPDと診断されているのは、5%程度にとどまっている。診断を受けた患者は氷山の一角で、症状が悪化してようやく医療機関にかかる人も多い。チェックリストで当てはまる症状がある人は、早めに医療機関に相談するといいだろう。

COPDの啓発活動を行うGOLD日本委員会が昨年12月に男女1万人を対象にインターネットで行った調査では、「COPDがどんな病気かよく知っている」「名前は聞いたことがある」と答えた人は計34・6%。前年(28・2%)より6・4ポイント上昇したが、いまだ65・4%がCOPDを知らないと答えている。

加熱式たばこで減るか

COPDを予防するには禁煙しかない。COPDと診断された後も、症状の悪化を防ぐには禁煙が最も有効だ。

日本たばこ産業(JT)の調査では、平成30年の日本の喫煙率は男性27・8%、女性8・7%。減少傾向が続いているが、特に女性で下げ止まりの傾向もみられる。

喫煙率の低下に伴い、紙巻きたばこの国内販売量が年々、減少している一方で、増加しているのが加熱式たばこの販売量だ。喫煙者の中で、紙巻きから加熱式への切り替えが進んでいるとみられる。加熱式たばこはタバコの葉を電気で加熱し、その蒸気を吸うもの。蒸気にはニコチンが含まれるが、タバコ葉が燃やされるときに発生する有害な化学物質が出ないため、一定の害の低減があると考えられている。

では、加熱式たばこによってCOPDは減るのか。イタリアで興味深い研究結果が示されている。カターニア大学のリカルド・ポローザ教授らの研究グループは、イタリアの4つの病院に通うCOPDの患者19人に加熱式たばこに切り替えてもらい、3年間の健康状態を追跡調査した。

その結果、加熱式たばこを使用した患者は、紙巻きたばこの喫煙量が大きく減り、健康状態にも改善がみられた。呼吸器症状や運動負荷への耐性が改善しただけでなく、患者本人に生活の質を質問したところ、加熱式たばこを使用した患者はQOLの感覚が改善していたという。一方、紙巻きたばこを吸い続けていた患者では、QOLの感覚は悪化していた。

COPDは、感染症などに繰り返しかかることで肺機能が悪化していく。ポローザ教授は「紙巻きたばこを吸うCOPD患者の肺は、化学物質に暴露されつづけ、ウイルスや微生物の攻撃に弱くなっている。しかし、禁煙すると暴露量が減り、感染症にかかりにくくなる」と解説。加熱式たばこでも化学物質の暴露が減るため、感染症などにかかる回数を減らすことができ、「COPDが悪化していくスピードを緩やかにできる」と期待する。

研究は3年間の追跡調査であり、対象となった患者数も少ないことから、さらに大規模で長期的な研究の必要性が指摘されている。また、加熱式たばこと同様に水蒸気を吸う「電子たばこ」を使った同種の研究も行われている。こうした紙巻きたばこの代替品は、喫煙を原因とする疾患の予防や治療に寄与するのか、長期的な評価にはまだ時間がかかる。

フレイルとも深い関連

COPDは呼吸機能の低下だけでなく、さまざまな病気との関連も指摘されている。新型コロナウイルスの流行により、高齢者を中心に外出を自粛する生活が続いたことで増加が懸念される筋力や心身の活力が低下する「フレイル」は、COPDとも関連が深い。

漢方薬大手のクラシエ薬品は昨年9月、全国の40~70代男女1千人を対象に、新型コロナ流行前後での①運動量②疲労感③食事量-の変化を調査。これを1日の喫煙本数と喫煙歴を掛け合わせた「喫煙の頻度」により、2グループに分けて比較した。喫煙の頻度が高い方がCOPDや咽頭がん、肺がんのリスクが数十倍高くなるといわれており、ここでは喫煙の頻度が高いグループを「高リスク群」、喫煙頻度が少ないグループを「低リスク群」と呼ぶ。

その結果、特に65歳以上の高齢者層において、高リスク群の方が、コロナ前より運動量が減り、疲れやすくなり、食事量が減ったと感じていることが分かった。筋力の衰えや疲れやすさから活動量が減ると、消費エネルギー量が減少して食欲が低下、低栄養状態を引き起こす原因となる。低栄養が続けば、骨粗鬆(そしょう)症などのリスクも高まる。

呼吸器疾患に詳しい昭和大学病院の相良博典病院長は「COPD患者の肺は、息をうまく吐き出せず膨らんでいるため、その下にある胃が圧迫されて食欲があまりわかない。また、逆に胃が食事で膨れると、肺を圧迫するため苦しくなり、十分な量を食べられなくなる」と指摘。さらに「COPD患者は、呼吸のために消費するエネルギー量が健康な人より約10倍多いため、ますます栄養状態が低下していく」と注意を呼び掛ける。

インフルエンザや肺炎など、感染症にかかって一気にCOPDの症状が悪化することは以前から知られていたが、コロナ禍では、COPD患者の新型コロナによる死亡リスクが高いことも分かった。また、喫煙の影響を受け、血管や心臓の病気を併発するリスクも高いといわれる。高齢患者が多いことから、生活習慣病などを持つ患者も多い。つらい症状や完治しない病気であることを悲観して、不安感が強くなったり鬱状態になったりする患者もいる。COPDは呼吸器だけでなく、身体、精神的にさまざまな影響を引き起こす。

【用語解説】ハームリダクション

薬物やアルコールなどの物質がもたらすリスクへのハーム(害)をリダクション(低減)させる取り組み。主に依存症治療の現場で用いられ、健康被害をもたらす行動習慣がすぐに改められない場合に、なるべく害の少ない方法や政策を取ることでリスクを低減させる。薬物乱用者のHIVや肝炎の感染を防ぐため、注射針や注射器を配って使いまわしをやめさせる施策などが例として知られる。

まずは「ハームリダクション」から

イタリア・カターニア大学 リカルド・ポローザ教授に聞く

呼吸器疾患の専門家として、たばこのハームリダクションについて研究するカターニア大学のリカルド・ポローザ教授
呼吸器疾患の専門家として、たばこのハームリダクションについて研究するカターニア大学のリカルド・ポローザ教授

日本に次いで加熱式たばこが普及するイタリアで、紙巻きたばこのハームリダクションについて研究する機関を作ったカターニア大学のリカルド・ポローザ教授に聞いた。

――カターニア大にハームリダクションの研究機関を立ち上げたのはなぜか

「私は長年、ぜんそくの治療をしてきたが、なかなか患者の命を救えないもどかしさを感じていた。COPDの治療においても、私の禁煙クリニックでの禁煙成功率は10~15%。20年の治療経験があり、さまざまな改善を加えているのに、85%の患者は喫煙をやめられない。そこでハームリダクションを研究し、禁煙できない患者にひとつの選択肢を示し、世界中の命を救いたいと考えた」

――昨年発表した論文では、加熱式たばこによってCOPD患者のQOLが良くなったとなっていた。具体的に何が良くなったのか

「COPDになると、息切れもあるから体を動かさなくなる。ところが、今回の研究で加熱式に切り替えた患者は、よく動くようになり、よりアクティブな生活をするようになった。筋肉が戻り、高齢者も階段昇降できる歩数が増えた。また、加熱式たばこ使用者は非使用者に比べ、COPDの急性増悪が40%減少した」

――加熱式への切り替えに意味があるということか

「COPDは感染症にかかることなどで増悪を繰り返しながら進行していくが、加熱式に切り替えることで増悪の回数を減らすことができる。これは病気の進行をスローダウンさせるということだ。もうひとつはQOLの改善。QOLと肺機能の数値は必ずしも同調していないが、肺機能にも少しではあるが改善がみられた。重要なのは、なるべく早い段階で切り替えること。進行してしまうと改善をもたらすのは難しい」

――日本では「ハームリダクションよりも禁煙」という考え方が根強い

「加熱式たばこがリスクフリーとは言っていない。紙巻きたばこより有害性が低いだけだ。ただ、リスクをゼロにする議論は現実的ではない。エベレストの山頂に行けば空気はきれいでリスクフリーかもしれないが、行くまでに低体温症で死ぬかもしれない。リスクとベネフィットの両方を見る必要がある。禁煙を目指すのは当然だが、禁煙できないなら、せめて加熱式たばこに切り替えようというのがハームリダクションの考え方だ」

――今後、たばこのハームリダクションを進めていくべきか

「たばこの代替品として嗅ぎたばこが普及しているスウェーデンでは、肺がんの有病率が減る効果が出ている。嗅ぎたばこは紙巻きたばこより多くのニコチンを含むが、燃焼させない。スウェーデンの例から言えることは、燃焼させないたばこへの切り替えは最も良い政策であるということ。日本は加熱式たばこの普及が進んでおり、この状況が20年続けば、日本における肺がんは激減するだろう」



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