ロシア軍との1年にわたる激しい戦闘で、負傷するウクライナ兵や市民が後を絶たない。地雷などで足を失うケースも少なくないが、義足の急激な需要増加に対し、職人が不足しており、供給が追いついていない。3Dプリンターを使った義足の製造・販売を行う日本企業がそんな窮状を知り、ウクライナに義足を届ける道を模索している。
義足の製造・販売を行うベンチャー企業「インスタリム」(東京都千代田区)の最高経営責任者(CEO)、徳島泰さん(44)は1月中旬、ウクライナ西部リビウにある義肢製作所を訪れていた。
対面したのは、ロシアとの戦闘で足を失った兵士たち。ある兵士からは「志願兵として参加した10代の青年も足を失った。そのことに納得できる人ばかりではない」と聞かされた。
ポーランド国境に近いリビウには、ウクライナ全土から負傷兵が搬送されてくる。訪問先の義肢製作所では医師1人、製作担当の技師3人が奔走していたが、手作業のため製造能力には限界があった。
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徳島さんが義足に携わるきっかけは平成24年から約2年半、青年海外協力隊として活動したフィリピンでの経験だった。栄養状態の悪さや検診不足などが原因で、糖尿病で足を失う人が多かったが、高額の義足を購入できず、日常生活に支障が出ていたのだ。
手作業で行う義足製作には、医学と工学の知識が求められる。技術の習得だけでも長期間を要する上、製作そのものにも数週間かかる。費用を抑えるのも困難で、厚生労働省の調査では国内の平均価格は約40万円に上り、100万円近くかかることもあるという。
美術大で工業デザインを学んだ徳島さんは、3Dスキャンと3Dプリンターを活用した義足の研究開発に着手し、設計に数十分、調整時間を含め最短1日での製造を実現した。コストも大幅に削減され、約4万円での販売が可能となった。
令和元年にフィリピンで製造・販売を開始。しかし、翌年には新型コロナウイルス禍に見舞われ、厳しいロックダウン政策により、徳島さんは帰国を強いられた。ただ、患者を診療し、足型のデータを読み取る作業をクリニック兼義肢製作所で一括して行っていたのを、スタッフが患者の元を訪ねてデータを取る方式に変えたことで、事業を継続することができた。
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フィリピンでの製造・販売が軌道に乗り、インドに次の拠点を設けたのと同じ頃、ロシアとの戦闘により、ウクライナで義足が不足していることを知った。徳島さんは「フィリピンのノウハウが応用できるのではないか」と思い立った。
インスタリムの製造方式なら、生理学とデジタルの知識があれば、最短1カ月程度の研修で義足が作れるようになるという。
徳島さんは、負傷したウクライナの人々に義肢の供給を担うウクライナ国立リハビリテーションセンターのプロジェクトに参加する医師らと連携を模索。今年3月には再び現地に渡り、持ち込んだ3Dスキャナーで実際に負傷者の足型データの読み取りなどを行う。
その後、インドなどで試着用のパーツを製作。負傷者に装着・調整の上、インドで完成品を製造し、再びウクライナに届ける流れを思い描いている。早ければ6月にも完成品の提供を始められるという。
現地関係者の話では、ウクライナ全土で最大9千本の義足が不足しているとの情報もある。「現地を視察したことで、やりきれない思いをしたウクライナの人々のために、義足を届けたいという思いを強くした。期待に応えられるように取り組んでいきたい」。徳島さんはこう力を込めた。(長橋和之)