客席を持たず、宅配サービス専門の飲食店「ゴーストレストラン」が急拡大している。新たな業態として注目される一方、「店名」が物議を醸すことがある。街中で1つの店舗が複数の店名の看板を掲げていることはまれだが、宅配アプリ上では、利用者の目を引くために1つの店舗が複数の店名で登録するのは〝日常的〟だ。中には、複数の「専門店」を名乗るケースもあり、「利用者をだますような行為」との批判もある。グレーゾーンは広く、専門家は「業界の自浄作用が不可欠だ」と強調する。
同じ住所で10店以上
大阪市の住宅街の一角。無地ののれんが掛かる建物入り口を、大きなリュックを背負った配達員がひっきりなしに出入りする。
外観は飲食店に見えないが、表には食事宅配サービス「ウーバーイーツ」などのステッカーが貼られ、料理の香りが漂う。
宅配アプリで検索すると、同じ住所で登録されていたのはカレー店やハンバーガー店、ラーメン店など10を超える。同店の関係者は「取材には応じられない」とする一方、料理の受け取りにきた配達員は「ここは1つのキッチンで色々な料理を調理する、いわゆるゴーストレストランだ」と説明した。
どういう仕組みなのか。ゴーストレストランは一般的に客席を設けず、宅配サービスを通じて注文を受け付ける。間借りしたキッチンなどで調理し、配達員が運ぶ。実店舗を持たず実態がゴースト(幽霊)のように見えないことに、その名は由来する。
ゴーストキッチンでは、1つのキッチンしかないのに、複数店を展開するケースも珍しくない。例えば、同じキッチンで牛丼とピザを作っていても、アプリ上では「牛丼店」や「ピザ店」と、それぞれ別の店として掲載することができる。利用者がキッチンを目にすることはないため、注文先がゴーストレストランとは気付きにくい。
複数の「専門店」は矛盾?
実はアプリ上で、1つの店舗が複数の店を名乗ることはこうした典型的なゴーストレストランに限らない。ある大阪市内の洋食店は、実店舗として掲げている店名は1つながら、宅配サービス上では、ハンバーグやオムライスなど具体的な料理名を入れた5つの店名を登録している。
「宅配サービスの利用者は、食べたい料理名で検索して店を選ぶ傾向がある。料理に応じて店名を分けることで目に触れる機会が増える」。オーナーは、こうメリットを強調する。
食品衛生法上の基準を満たしていればこうした行為に問題はなく、掲載店舗数の充実を図りたい宅配サービス側からも勧められることがあるという。
ただ、近年は同一キッチンで複数の「専門店」を名乗るケースも散見される。ツイッターでは、東京都内の居酒屋の店先に掲げられた、配達員向けの案内文を写した画像が話題となった。そこには専門店を名乗る10以上の店名が列記されていたのだ。
専門店と銘打つ以上、1つの料理に特化しているはずで、同じ店が複数の専門店を名乗るのは「矛盾」ではないか…。疑問を投げかける投稿も目立ったが、店の運営会社は「取材には応じていない」と回答した。
景品表示法に抵触する可能性も
景品表示法に詳しい染谷隆明弁護士は「『専門店』とうたえばイメージが底上げされ、消費者も専門店なりの質を期待して注文する」と指摘。「実態が専門店を名乗るのにふさわしいものとかけ離れていれば、景表法に抵触する可能性がある。消費者に誤解を与えない実態に合った表示が必要だ」と訴える。
宅配サービスの運営各社もこうした問題への対応に力を入れる。
「出前館」はゴーストレストランの出店が目立ち始めた令和元年ごろから、店名を営業許可証などに記載された屋号に準拠して表示するようルールを追加。もともとの店名に専門店の表記がなければ、サービス上も名乗れない仕組みにした。「Wolt(ウォルト)」もゴーストレストランの店名に専門店と明記することを禁止している。
外食産業に詳しい亜細亜大の横川潤教授は「ゴーストレストランは外食産業の新たなビジネスモデルを生み出す可能性を秘めている」と期待する一方、「実態を伴わない名ばかり専門店がのさばると、消費者の信頼を失い、せっかくの成長の芽が摘まれてしまう」と危惧する。出店する事業者側と宅配サービス側の双方に「業界として自浄作用を働かせつつ、消費者のニーズに応えてほしい」と求めた。(桑村大)