東西冷戦下、泥沼と化したベトナム戦争から米軍が撤退したのは1973(昭和48)年、今から50年前のことだ。戦火が常態化したインドシナ半島には海外から記者や作家らが入り、惨禍の実相をルポルタージュや文学作品で訴えていた。作家・開高健(1930~89年)が自らの戦場体験を基に紡いだ長編小説『輝ける闇』(昭和43年刊)はそうした作品群の中で今も光彩を放つ。とりわけ注目したいのは、政府や軍部の腐敗や独裁への鋭い眼差しだ。ウクライナ侵攻を続けるロシアのプーチン独裁体制の暗部をも照らし出しているかのようだ。
100日間の体験
開高が週刊誌の契約特派員としてベトナムの地を踏んだのは64年秋。日本列島がまだ東京五輪開催に伴う高揚感の余韻に浸っているころ、米軍による軍事介入が本格化する翌65年2月までの約100日間、半島を駆け巡る。ルポルタージュ『ベトナム戦記』が先に刊行され、数年の期間を経て『輝ける闇』が誕生した。