ロシアが侵攻したウクライナの南部に取材に行こうと、1月中旬に首都キーウ(キエフ)で夜行列車に乗ったときのことだ。缶ビールを飲んでいたら、同じ部屋になった迷彩服の軍人が「寝酒ならビールじゃなくてこっちだろう」と、持ち込んだコニャックの封を切りながら誘ってきた。
旧ソ連圏の夜行列車の楽しみは、見知らぬ人と酒を飲んで親しくなれることだ。「それでは」と、コニャックに切り替えて互いに身の上話をした。
スラバと名乗る42歳の彼は侵攻を受けて動員され、東部ドネツク州の激戦地バフムトで戦っている。「1週間ほど南部に行くよう命じられた。事実上の休暇で、ちょっと休んだらまた東部に戻る」と話した。
米国製の携帯型対戦車ミサイル「ジャベリン」の担当で、2週間の訓練を経てすぐに前線に配置された。「新兵でも十分使いこなせる。命中率はとても高い」。そう話した彼は、出発直前まで妻と何度も抱き合って別れを惜しんでいた。
筆者は酒のおかげで朝まで熟睡したが、彼は一睡もできなかったという。ごく普通の精神状態に見えたが、神経は高ぶっているのだろう。「戦争の実態をしっかり伝えてくれ。ウクライナに栄光あれ」。筆者にそう告げ握手を交わすと、疲れた様子もみせず任地に向かった。 (佐藤貴生)