アシックスは、フルマラソンで4時間を切る「サブ4」を目指すランナーに向けたカーボンプレート入り厚底ランニングシューズ「S4」を16日からオンラインで、23日から店頭で発売する。価格は税込み2万2000円。6日に開いた製品発表会では、熱心なランナーでもある同社の廣田康人社長CEO兼COOが「私が頼んで作ってもらった。サブ4を目指す専用のシューズがないのは変だねと思いついて、開発陣を呼んでお願いした」と語り、自身が欲しいシューズの開発を指示したことを明かした。日本のランナーは競技成績を目指す傾向が強いことから、ニーズが大きいと判断し、まずは国内限定で発売に踏み切る。
サブ4達成は市民ランナーの「勲章」
アシックスによると、昨年の東京マラソンで4時間を切ったのは出場者の30%程度。サブ4を達成できないが、目指しているランナーも多い。発表会で廣田社長は、「市民ランナーの中で、サブ4を達成しているかしていないかでは、勲章があるかないかのような違いがある。私はその勲章がほしいという気持ちがすごく大きかった」と吐露した。現在66歳の廣田氏は、50歳でランニングを始め、54歳で初めて4時間を切ることができたといい、「その時の喜びは本当によく覚えている」と目を輝かせた。
アシックスは、国内外のトップ選手が使用する「メタスピード」シリーズなど、上級者向けのレース用シューズを複数販売している。しかし、フルマラソン4時間という中級者は、レース用シューズを履くべきか、トレーニング用を選ぶべきか迷うことが多い。廣田社長がサブ4向けシューズを要望した際、開発陣は「さまざまなタイプのシューズを揃えている」と説明したが、廣田氏は「そうじゃないんだ。サブ4向けが欲しいんだよ」と市民ランナーの心情を代弁したという。
アシックスが考えた最適解
「S4」の外観は、上級者向けの「メタスピード」シリーズとそっくりで、基本的な構造や、アッパー(足を包み込む部分)の素材はメタスピードを踏襲。ソール(靴底)の上部には、メタスピードと同じ超高反発素材「FFブラストターボ」を採用し、走行時のエネルギー消費を抑制する。
一方で、ソール下部には安定性を重視した素材を採用。ソール全体の幅を広げることでも安定性を高めた。またソールに挿入したカーボンプレートはメタスピードよりも柔らかい素材で、足が疲れにくい。
トップ選手はフルマラソンを1キロ当たり3分~3分30秒のペースで駆け抜けるが、フルマラソン3時間半なら1キロ当たり5分弱、4時間なら5分40秒程度になる。S4は、そうしたペースで最も走りやすく効率が高まるよう、素材や構造をチューニングした新しいコンセプトのレース用シューズだ。開発を担当した谷垣雄飛さんは、S4の特徴を「抜群の推進力。レース後半も、足を前に出せば前に進めてくれる感覚を得られる」と説明。「フルマラソン4時間切りを目指すための、私たちなりの最適解」と胸を張る。
「かかと着地に合う」
発表会では、日本トップクラスのマラソンランナー、川内優輝さんも登壇。エリート選手は、走行時の着地が土踏まずより前(前足部)になることが多いが、サブ4クラスの市民ランナーはかかとから着地する傾向があることを踏まえ、「S4はかかと着地のランナーにすごく合う」と評価した。
また、アシックスランニングクラブでコーチを務める池田美穂さんは、フルマラソンで4時間を切る秘訣として「けがをしないためのランニングフォーム、準備段階のストレッチなどを見直してほしい。ちょっとずつ、コツコツ地道な練習を継続することが近道になっていく」と訴えた。アシックスでは、サブ4を達成するためのトレーニングプログラムを市民ランナー向けに提供する予定で、サブ4にチャレンジするための特別なレースも5月に東京と大阪で開催する。
廣田社長は今年に入ってすでにハーフマラソンを3レース走ったという。フルマラソンについては、S4を履いて4時間切りに「また挑戦したい」と宣言した。
記者も体験 マイペースで走りやすい“レース用”
「S4」の発表会に合わせて開かれた体験走行会に記者も参加した。
履いた時の感覚は、トップ選手向けシューズ「メタスピード」シリーズに似ている。アッパーは適度な締め付け感があり、ソールはピョンピョンとジャンプしたくなるほど反発力が強い。27センチで片足240グラムという重さは、走りの軽快感を損なうことはない。ただメタスピードと比べ、走り心地はマイルドだ。まず、超高反発素材「FFブラストターボ」の使用量を減らし、反発をやや抑えた素材をソール下部やかかと部分に配置することで、跳ねるだけでなくしっとりとした着地感も兼ね備えている。特に、かかと部分は余分な反発がなく、着地をしっかり受け止めてくれる印象だ。
また、ソールの幅を広げ、横ぶれしにくい構造にしている。横ぶれが少なければ余分なエネルギー消費を防げるほか、レース後半で疲労した際の心理的ストレスが減少し、自分のフォームやペースの維持に集中できる。走行効率を高めるカーボンプレートを少し曲がりやすくしたことも、長時間走行時のストレス低減に寄与しそうだ。
フルマラソン4時間は、トップ選手や、健脚のランナーと比べ「高速」とはいえない。従来、このスピード域で走るランナーは、トップ選手向けのレース用シューズが合わず、トレーニング向けシューズを選ぶことも多かった。しかし「S4」は、メタスピードの機能や特徴を受け継ぎ、フルマラソン4時間のペースで履きこなせるレース用シューズといえる。廣田社長が求めたコンセプトをしっかり具現化していると感じた。コツコツと練習を重ね、マイペースで走りきることを目指す市民ランナーに、貴重な選択肢が加わった。(上野嘉之)
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