古典個展

中国「職業学生」の役目 大阪大名誉教授 加地伸行

大阪大学名誉教授の加地伸行氏
大阪大学名誉教授の加地伸行氏

昨年末のことであったか、中国関係のニュースで次のようなことが伝えられていた。すなわち、さまざまな国に中国の公安当局が、その拠点を置き、ひそかに「警察活動」を行っている、と。しかし、日本においてはどうなのか、という点について明示は見えなかった。ま、言(い)わば、ぼかしている。

もっとも、その記事から見えるものは、日本においても同様であろうという感じである。

こうした記事を読んで、老生の感じた気持ちは、何を今さら、というものであった。と言うのも、今から65、6年も前、大学生時代に知った「中国人学生」の諜報活動における驚(きょう)愕(がく)の事実が老生の心の中に生きていたからである。

まずその話をいたしたい。

老生、中国研究を志していたので、当時、日本と国交があった中華民国(台湾)出身者を主として何人か中国人留学生と親しくしていた。そして中国の諸事情を知っていった。その中の一つが俗に「職業学生」という名称の留学生の存在であった。

職業学生―これは中国製のことばである。すなわち、大学生を職業とする、とでも言うことを示す。彼らは、国家の特務機関に属する者であり、外国の大学に正式に留学し、その大学における中国人学生の動向をひそかに調査し、一定の機関に報告することを任務としている。

留学先のことについてスパイをするのではなくて、自国留学生の動向についてスパイをするのが任務なのである。冒頭のニュースにあるように、こうした活動は今の「大陸」の中国人にも共通のことであろう。

この職業学生同士は知り合いではない、という極めて孤独な立場にあって職務を遂行していた。鉄の意志があったというほかない。ということで、中国人留学生の誰が職業学生であるのかは、まず分からない。

こういう話があった。かつて老生と同僚であったA氏が東京で、一旦、帰国した中国人某君と出会った。声をかけたが、まったく知らん顔をして去ったという。それはそうであろう。任務を終えて帰国した特務が、再来日するときは、姓名を変えて、初めての来日という形で任務に就くのであろうから。

特務は、普通は警察ではなくて、軍に所属する。もちろん、特務としての訓練を受けているが、最重要点は人柄が他人に好かれることだ。今にして思えば、前記の中国人某君は安物の映画などに出てくるようないかにもスパイのような感じではまったくなかった。明るい好感の持てる勉学熱心な<いい学生>であった。という点で、老生もだまされた一人ということか。

中国は長い歴史を経てきている以上、人間が考えそうなことは考え尽くしている。スパイなど、有って当然ではないか。何を今さら驚くことがあろうか。

日本にとって大切なことは、彼らのスパイ活動を見抜き、対処できるすぐれた組織を作り、対応できる人材の養成を行い続けることではないのか。

『書(しょ)経(きょう)』説(えつ)命(めい)の中(ちゅう)に曰(いわ)く、「備え有れば、患(うれ)え無し」と。 (かじ のぶゆき)

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