「母国の人たちの思いを胸に演技した」-。昨年末、樟蔭学園(大阪府東大阪市)で開催された新体操「樟蔭カップ」のエキシビションに、ロシアによる軍事侵攻を受けるウクライナの選手で2001年の世界選手権を制したタマラ・イエロフィエバさん(40)が出場し、フープ(輪)の技を披露した。「戦争の終結が私の希望」。演技を通じ、母国への支援と平和を訴えた。
シドニー五輪(2000年)の個人総合で6位、翌年の世界選手権の個人総合で優勝するなど輝かしい経歴を持つイエロフィエバさん。04年に現役を引退後、米国に移住し、現在は、世界的なエンターテインメント集団「シルク・ドュ・ソレイユ」で活躍しているという。
1999年に大阪で開催された世界選手権で、シニアとして初の個人メダルを獲得するなど大阪とは縁も深い。今回、樟蔭カップに参加した米チームのコーチとして来日した。
エキシビションでの演技披露は当初予定になかったが、大会関係者が「子供たちに元世界女王のパフォーマンスを見せてほしい」と熱望。スケジュールなどを調整して臨んだ。イエロフィエバさんは「大好きな日本でパフォーマンスを披露することは大きな喜び。素晴らしい時間を過ごせた」と振り返った。
ロシア軍の侵攻によって、平穏な生活が失われたウクライナ。新体操では、将来の五輪金メダル候補とされた10代の女子選手が犠牲になるなどの悲劇が起こった。イエロフィエバさんは首都キーウ出身で、現地に住む父親(75)は空襲警報のたびに地下室に避難するなど、辛い暮らしを強いられているという。「父とは頻繁に連絡を取り合っているが、電話の向こうから聞こえる警報のサイレンだけでも恐怖を感じて涙が出てくる」と話す。
樟蔭カップには、全国の小学~高校の日本選手をはじめ、米など海外選手を含む計187人が参加。シニアの個人総合(フープ、ボール)で優勝した樟蔭高2年の木村詩季(しき)さん(16)は「美しさに見とれてしまった」。シニア団体のフープで優勝した同校2年の神波希美(かんばのぞみ)さん(17)は「優雅さに感動した」と、イエロフィエバさんの演技に魅了された。
樟蔭学園新体操部の芳野操監督は「人をひきつける妙技がすばらしい。日本の選手たちにとって貴重な体験になった」と語った。
今月24日で侵攻から1年を迎える。演技後、イエロフィエバさんは「欲しいものはウクライナの勝利、そして平和。戦争が終わることが私の希望で、人々の苦しみと死がこれ以上ないことを願っている」と、現在の思いを語った。
会場ではウクライナ支援の募金が行われ、日本赤十字社を通して現地に届けられたという。イエロフィエバさんは自身の名を冠した大会「タマラ・カップ」を立ち上げ。4月に米・ラスベガスで開催し、母国を支援する募金活動を行う予定だ。(高橋義春)