暴力団の侵食を食い止める盾がない-。宗教法人法に暴力団排除規定を追加するよう福岡など9県が要望を続けながら、国が応じていないことが分かった。9県が危惧するのは「法の穴」だ。宗教法人は税優遇措置があるのに現行法に暴排規定がなく、脱税やマネーロンダリング(資金洗浄)を狙う反社会的勢力が法人役員となって支配することが懸念される。暴力団員にも「信教の自由」が保障されているとはいえ、専門家は「暴力団員の信仰と、法人の役員になれるかは別問題」と指摘する。
現実と乖離
「宗教法人法には暴力団の介入を防ぐ規定がない。70年以上前に制定された古い法律とはいえ、現代にそぐわなくなってきているのではないか」。福岡県の宗教法人担当者は、暴排規定の追加を要望するに至った思いをこう打ち明ける。
背景にあるのは、特定危険指定暴力団「工藤会」(本部・北九州市)の存在だ。工藤会を巡っては市民を巻き込んだ銃撃事件などが相次ぎ発生。福岡県警はトップの総裁、野村悟被告(76)=殺人罪などで死刑判決、控訴=を逮捕するなど「頂上作戦」を展開してきた。行政も暴力団の撲滅に力を入れており、県の担当者は、暴排規定の追加について「暴力団の資金源を断つことは、撲滅に向けた重要な取り組みの一つだ」と強調する。
宗教活動の収入に法人税がかからないなど税制面で優遇措置のある宗教法人。福岡県で平成19年に起きた寺院乗っ取り事件では、指定暴力団幹部が宗教法人役員に資金提供していたことが発覚するなど、反社会的勢力がたびたび触手を伸ばしてきた。ただ、宗教法人法には法人役員の欠格事由や解散命令の要件として暴排規定がなく、行政側の調査権限は極めて限定的だ。
照会すらできず
特定抗争指定暴力団山口組(本部・神戸市)などを抱える兵庫県の宗教法人担当者は「法人の役員が暴力団関係者かどうか疑わしい場合でも、警察に照会すらできない」と嘆く。実際、法人設立の手続きで、暴力団関係者が役員に就任しようとも、書類上の不備がなければ行政側は認証せざるを得ない。役員を暴力団関係者に変更した場合も事前にチェックのしようがない。
暴力団員に役員が変更されたことを事後的に登記簿で確認できたとしても、すぐに解散命令を裁判所に請求できるわけではない。福岡県の担当者は「刑事事件に発展するような法令違反がなければ、解散命令まで持ち込むのは難しい。解散させる手立てがあれば」とも訴える。
宗教法人と同様、税優遇措置のある公益社団・財団法人やNPO法人には、関係法令で欠格事由として暴排規定が盛り込まれている。当然、法人に暴力団関係者の関与が疑わしい場合は警察に照会でき、関与が確認できれば認証の取り消しも可能となっている。
宗教法人制度に詳しい近畿大の田近(たぢか)肇教授は「暴力団員にも信教の自由はあるが、法人役員の欠格事由に暴排規定を追加するための足かせにはならない」と指摘。宗教法人に暴排規定を設けるべきだとした上で、「暴力団は身分を秘して近づいてくるはずで、欠格事由に実効性をどのようにもたせるかが重要だ。国は切迫感を持って議論する必要がある」と話している。(「宗教法人法を問う」取材班)
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