岸田文雄首相が、パートの主婦(主夫)ら配偶者の年収が一定額を超えると社会保険料などの負担が生じる「年収の壁」の解消に意欲を示している。少子高齢化と人手不足が深刻化する中、働く意欲のある人が「壁」にとらわれず働ける環境を整え、特に女性の就労促進を図る狙いがある。首相は「幅広い対応策を検討する」と意気込むが、実現には紆余(うよ)曲折がありそうだ。
「賃上げが非正規雇用に適用されたときに、(年収の)壁による就労調整で所得が上がらないのは、あってはならないことだ」。木原誠二官房副長官は5日のNHK番組でこう語った。
「年収の壁」とは、パートで働く主婦らの年収が一定水準を超えると、配偶者の扶養から外れ、社会保険料や所得税の負担が生じて手取り額が減る問題を指す。岸田政権が重視する賃上げが進んでも、保険料負担を避けるため意図的に就業時間を減らせば、家計の収入を増やすのは難しく、企業も人手不足に悩まされる。
壁の一つに挙げられるのが「年収103万円」の壁だ。例えば会社員の夫の妻がパートで働く場合、年収が103万円を超えると所得税が課税され、夫が勤める企業の配偶者手当の対象から外れることがある。
年収106万円を超えると、妻が働く企業の従業員数が101人以上など一定の条件を満たす場合、夫の扶養から外れ、厚生年金や健康保険といった社会保険に加入する必要があり、手取りが減ることになる。それより小規模の企業で働く場合は、年収130万円を境に扶養を外れ、社会保険料を負担することになる。
政府の社会保障改革を議論する「全世代型社会保障構築会議」も、「年収の壁」については女性の就労を妨げる制度として見直しを求めている。
国会でも「年収の壁」は議論の焦点になりつつある。自民党の萩生田光一政調会長は先月30日の衆院予算委員会で、「年収の壁」を超えた人の社会保険料を5年ほど免除する案を示した。今月1日の衆院予算委でも自民の平将明氏が取り上げ、一時的に社会保険料の負担を補助し、その間に制度の抜本改革に取り組むよう提案した。
政府は、年金財政を支える労働者をさらに増やすため、パート従業員ら短時間労働者の厚生年金への加入要件となる勤務先の企業規模を緩和してきた。「年収の壁」の見直しに伴い、厚生年金に加入する年収要件が引き上げられると、老後の生活と年金財政の安定を目指す社会保障改革の流れと逆行することになりかねない。「年収の壁」解消は一筋縄でいきそうにない。(村上智博)