記者発

伝統芸能の扉開くSNSに期待 大阪文化部・田中佐和

人形浄瑠璃文楽を見ていると太夫、三味線、人形遣いの芸が完璧に合致し、人形が「生きているよう」を超えて「生きている」と感じる奇跡の瞬間がある。1月に文楽の本拠地、大阪・国立文楽劇場で開かれた初春公演。「壇浦兜軍記(だんのうらかぶとぐんき)」より「阿古屋琴責(あこやことぜめ)の段」で、その瞬間を目撃した。桐竹勘十郎さん(人間国宝)が遣う傾城(けいせい)、阿古屋のなまめかしさたるや、ぞくっとするほどの感動だった。

ところがどうだろう。客席が寂しい。この素晴らしい舞台の目撃者がたったこれだけなのかと悲しくなる。日本芸術文化振興会などによると、新型コロナウイルス禍前の令和元年度の同劇場の入場率は69・7%だったが、3年度は32・7%に激減。昨年も39・3%と観客が戻っていない。中堅の文楽太夫、豊竹靖太夫さん(43)の言葉は切実で、「本当に今お客さんが少ない。これが続けば文楽そのものに魅力がないと思われてしまう」。全ての伝統芸能が同じ危機に直面している。

近畿の15~35歳が対象の「ワンコイン文楽」という企画がある。通常5500円の本公演が、技芸員(演者)の事前レクチャーが付いて破格の500円という魅力的な企画で、初春公演でも実施された。文楽協会は当初広報をチラシに頼ったが反応が薄く、慌ててツイッターを開始。応募が増えたのは、参加者たちがSNSで感想と写真を拡散し始めてからだった。

20代半ばで歌舞伎の魅力を知った私は次に文楽が気になったが、歌舞伎俳優のようにテレビで知った顔もなく格式ばったイメージが先行し、踏み込むのを何度も躊躇(ちゅうちょ)した。今のようにSNSが日常で、単なる公演情報だけでなく文楽の魅力を熱く語るとか、誰のどんな芸が見どころだとかを教えてくれる投稿に触れていたら、もっと早く〝入り口〟を見つけられただろう。

伝統芸能と若年層の溝は広がるばかりだが、そこに「交流の場」を作り両者をつなぐSNSというツールが登場し、コロナ禍で活発化した。伝統芸能界にとって転換点となる好機だ。公演主催者や演者側は二の足を踏んでいる場合ではない。そしてファンだからこそ語れる率直な見どころや感想もある。SNSの活用は空席に心を痛めている私たちファンの課題でもある。

【プロフィル】田中佐和

平成19年入社。社会部で警察、裁判、行政を取材し、令和3年春から文化部。伝統芸能、現代演劇、演芸を担当している。

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