深層リポート

福島発 「3・11」消えぬ風評懸念 準備進む海洋放出 東電福島第1原発処理水

東電福島第1原発沖にある処理水の放出場所では4本の柱が海面から出ていた=福島県(芹沢伸生撮影)
東電福島第1原発沖にある処理水の放出場所では4本の柱が海面から出ていた=福島県(芹沢伸生撮影)

廃炉作業が続く東京電力福島第1原発(福島県大熊町、双葉町)では、たまり続ける処理水の海洋放出に向けた準備が進んでいる。政府は1月、放出開始を「今春から夏ごろ」と見込むことを確認した。処理水には放射性元素のトリチウムが含まれることから、漁業関係者らは風評被害を懸念し放出反対を訴える。工事が進む現場で海洋放出について考えた。

福島第1原発で出る汚染水は、多核種除去設備(ALPS)などで処理、トリチウム以外の放射性物質が国の安全基準値を下回るまで浄化。トリチウムは国の安全規制基準の40分の1、1リットル当たり1500ベクレル未満に海水で希釈する。これを海底トンネルを使い沖合約1キロから放出する計画で、現在、施設の建設が行われている。

経済産業省はトリチウムについて「自然界に広く存在する放射性物質。世界中の原子力施設で放出しているが、トリチウムが原因の影響は出ていない」としている。

沖合の放出地点には柱が4本立ち、遠くを大型船舶が行き交っていた。取材当日、作業は行われていなかった。長さ約1キロの海底トンネルは昨年12月、800メートルに到達。現在は掘削を停止し、海底に穴を掘り設置されたトンネルの出口、放水口ケーソンの周囲の埋め戻しが行われている。東電は令和5年度第1四半期の工事完了を目指している。

処理水などをためたタンクは1月19日現在で1053基あり、総量は約132万立方メートル。タンクの96%が埋まっている。処理水には、トリチウム以外の放射性物質を基準値内まで除去した「ALPS処理水」▽ALPSを通したが再度処理が必要な「処理途上水」▽セシウム吸着装置などを通したがALPS処理を終えていない「ストロンチウム処理水」-の3種がある。報道に出てくる「処理水」は通常、「ALPS処理水」を指す。ただ、浄化が完了した処理水は40万立方メートル弱で全体の約3割にとどまる。

海洋放出は1日20立方メートル程度から始め、最大1日500立方メートルまで増やす計画だが、東電では「汚染水の発生量などを踏まえ放出量を見直す。なるべく減らしたい」(広報担当)としている。

一方、高濃度の汚染水発生を抑えるため、東電は地下水が原子炉建屋に流入する前にくみ上げる井戸「サブドレン」を46カ所、海側へ流れる地下水をくみ上げる井戸「地下水ドレン」を5カ所、原子炉建屋周辺に設置。くみ上げた水も放射性物質を含むためサブドレン浄化設備で処理後、海に流している。平成27年9月から始まった作業だ。

放射性物質除去後の地下水にもトリチウムは含まれる。運用目標は処理水と同じ1リットル当たり1500ベクレル未満。1月21日に分析した浄化後の水のトリチウム濃度は、1リットル当たり820ベクレルで基準内だった。774立方メートルの地下水は翌22日、福島第1原発から海に流された。

また、福島第1原発では事故前もトリチウムを含む水が放出されていた。当時の放出基準は国の規則に沿って1リットル当たり6万ベクレルだった。それでも、新たな風評懸念がある海洋放出に理解を得るのは難しい。東電の広報担当者は「引き続き理解が得られるよう努力したい」と話す。

東京電力福島第1原発の処理水 福島第1原発では原子炉内部の燃料デブリ(事故で溶けた燃料と構造物などが冷えて固まったもの)の冷却のため水をかけ続けたり、雨水や地下水が原子炉建屋に流れ込むことで、高濃度の放射性物質を含む汚染水が発生している。これをALPSなどで処理、トリチウム以外の放射性物質濃度を国の規制基準値を下回るまで浄化したものが処理水で、トリチウムを含む水の環境放出の規制基準は1リットル当たり6万ベクレル。

記者の独り言 処理水の取材でインタビューした漁協関係者の「一般の人に『トリチウムは取り切れないが科学的に問題ない』と話しただけで、簡単に納得してもらえるのか。説明がまだまだ足りない」との言葉が耳に残っている。「安全と安心は違う」と心配する人も少なくない。「今春から夏ごろ」の放出開始まで、残された時間はわずかしかない。(芹沢伸生)

会員限定記事会員サービス詳細