冬の味覚として知られるフグの最大消費地といわれる大阪。昭和40年ごろまでは大阪湾でも一定の水揚げがあったが、近年の漁獲量は年間約100キロにとどまる。そうした中、大阪府をトラフグの一大産地にしようと関係者が知恵を絞っている。陸上養殖を手掛ける水産会社はこの冬、トラフグの出荷を開始。府が続けてきた稚魚放流の成果として、30センチ超のトラフグが漁獲されるなど、官民の取り組みが実を結びつつある。
陸上養殖のトラフグお目見え
忘年会シーズンが始まった昨年12月上旬。大阪産の食材を専門に扱う飲食店「大阪産(おおさかもん)料理 空」のなんばこめじるし店(大阪市浪速区)では、トラフグのてっさやから揚げ、てっちりのコースの提供が始まり、予約客がさっそく味わった。
この日、テーブルに並んだのは、大阪府岬町で陸上養殖されたトラフグ。運営会社の今井豊代表(58)は「国内外から人が集まる2025年大阪・関西万博に向けてアピールできたら」と語った。
養殖場は、岬町の淡輪(たんのわ)漁港にあるかつての競り場の建物にあり、堺市に本社を置く水産会社「陸水(りくすい)」がポンプでくみ上げた海水を使い、水槽でトラフグを育てている。
社長の奈須悠記さん(29)は近畿大水産学部でマグロ養殖を学び、大手水産会社の養殖場の現場責任者を経て、同社を設立。昨年春のサーモンに続き、12月にトラフグの初出荷にこぎつけた。今季は約3千匹を出荷した。
「歯応えがよくうまみもある。可食部が多くなるよう、丸みのある体に仕上げている」と奈須さん。消費地に近いため輸送距離が短く、鮮度の良さが売りだという。関西国際空港に近いこともあり、将来の輸出を視野に入れる。
ふぐ処理登録者11万人
大阪人のフグ好きをうかがわせる統計もある。
フグには強い毒性があるため、都道府県は試験などを行ったうえで取り扱いや処理を認めている。府のふぐ処理登録者は約11万人で、東京都のふぐ調理師免許の交付者の累計約2万2千人をはるかに上回る。
府食の安全推進課の担当者は「登録者のうち、何人が実際に処理に携わっているかは分からない」と前置きしつつも、「フグを食する文化が根付いているので、登録者もそれなりの数になっているのだろう」と説明する。
今年度の府のふぐ処理試験の受験者は591人で363人が合格。一方、東京都のふぐ調理師試験の合格者は79人だった。
放流1年半で大阪に
府立環境農林水産総合研究所によると、昭和40年ごろまでは府内でも天然のトラフグの水揚げがあったが、現在は年間わずか100キロほど。山中智之研究員は「高度経済成長期に浅瀬が埋め立てられたり、水質が悪化したりしたことが要因なのではないか」と分析する。
府は平成27年度以降、7~8センチに育成したトラフグの稚魚を春や夏に大阪湾に放流している。トラフグを増やすのが狙いで、これまでの放流稚魚は約15万2千匹にのぼる。漁獲量増という目に見える成果は上がっていないものの、明るい兆しもある。
放流の際には、「オオサカ」の文字が入った棒状の標識を付けたり、ひれの一部をカットするなど、府が放った個体だと識別できる工夫をしている。
令和2年2月には、大阪府泉佐野市で36センチ(1キロ)に育ったトラフグが水揚げされ、その特徴から約1年半前に放流したものと判明。昨年春には、広島県でも見つかった。放流後に瀬戸内海を西に移動し、その後大阪に戻ってくるといった移動経路も明らかになってきた。山中さんは「トラフグがもっととれるようになれば、大阪湾の魅力のアピールにつながり、目を向けてもらうきっかけにもなる」と期待を込めた。(吉田智香)