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「偽ハリウッドスターにだまされた」 国際ロマンス詐欺で7500万円被害 漫画家、井出智香恵さんが体験語る

自身の国際ロマンス詐欺被害について話す井出智香恵さん=令和5年1月、大津市の滋賀県警本部
自身の国際ロマンス詐欺被害について話す井出智香恵さん=令和5年1月、大津市の滋賀県警本部

交流サイト(SNS)を通じて知り合い、好意を持たせて現金をだまし取る。こうした犯罪はロマンス詐欺と呼ばれ、近年社会問題化している。「羅刹の家」「女監察医」などの作品があり、「レディースコミックの女王」として知られる漫画家の井出智香恵さん(74)も被害に遭った一人。「当時は自分で自分がわからなくなっていた。マインドコントロールされていたんだと思う」と自身の被害を公表している井出さんは滋賀県警で講演、被害防止を訴えた。

当初は気に留めず

井出さんのもとに実在するハリウッド俳優、マーク・ラファロを名乗る人物から「フェイスブック」を通じて、英語で連絡が来たのは平成30年2月ごろだった。

井出さんはマーク・ラファロの作品をほとんど鑑賞するほどのファンだったが、「本人のはずがない」と気にも留めなかった。井出さんの作品は翻訳されていることもあり、「どうせファンの1人だろうくらいにしか思っていなかった」と振り返る。

その後も、撮影の裏話やとりとめのない世間話が送信され、応じるうちに、ある日「僕が本物かどうか信じないのか」と言われたことからビデオチャットで会話することになった。画面の向こうにはまごうことなきハリウッド俳優本人の姿があり、井出さんの作品「源氏物語」を手にしていた。人工知能(AI)技術を使った偽動画「ディープフェイク」とみられるが、井出さんを信用させるには十分だった。その後、頻繁に連絡をとるようになり、男は妻と離婚協議中ということや、それを理由に裁判所に財産を差し押さえられていることなど身の上話を始めた。自身も離婚歴がある井出さんは深く共感。そして同年秋ごろ、男は井出さんに好意を伝え、2人は画面越しに結婚することを誓った。

恋愛という病気

男から金の無心が始まったのはその後すぐだった。

「飛行機に乗り遅れて新たなチケットを取るのに1100ドル必要だ。財産を凍結されているので貸してほしい」

その後も自身の入院治療費や裁判費用などを名目に要求は続いた。井出さんは直筆の原稿やブランド品を売ったり、友人や子供から借金したりして金を工面した。

当然周囲は気づいていた。「恋愛という病気にかかっている」という人もいた。ただ、当の井出さんはだまされていることを認めなかった。

ハリウッド俳優、マーク・ラファロを名乗る人物が井出さんに示した偽造の身分証明書(本人提供)
ハリウッド俳優、マーク・ラファロを名乗る人物が井出さんに示した偽造の身分証明書(本人提供)

「私自身うぬぼれもあったと思う。70歳にもなって恋愛とか思ってもいなかったのに」

困り果てた知人が弁護士に調査を依頼。男が示したパスポートや領収証などはすべて偽造で、男はアフリカなまりの英語を話していることもわかった。事実を突きつけられた瞬間、「もう払わなくていいんだ。つきものが取れたような感覚だった」。3年5カ月に及んだ送金は総額で7500万円にまで膨れ上がっていた。

井出さんの手元には今でも大量の送金記録が残されている。警察に被害を相談する傍ら、自身の体験を広く伝える活動を行う。

「私はSNSをよく知らないのにのめりこんでしまった。ましてや英語もできないのに。ロマンス詐欺の手口を知ってもらい、ほかの人には悲しい思いをしてほしくない」

井出さんは実感を込めて話す。

宇宙ステーション勤務かたる、暗号資産への投資目的も 肩書も手口も巧妙化

マッチングサイトや交流サイト(SNS)などインターネット上で知り合った相手に恋愛感情を抱かせ、金銭を送金させるロマンス詐欺。滋賀県警によると、令和4年のロマンス詐欺被害の認知件数は57件、被害額約3億5千万円。前年は41件、約2億2千万円だったので増加傾向にある。被害者の半数以上が男性だった。

昨年6月には、滋賀県東近江市の60代女性が、宇宙ステーションに勤務する外国人男性を名乗る人物とSNSで知り合い、「日本に来て人生をスタートさせたい」「私が日本に着いたら結婚してくれませんか」などといわれ恋愛関係になり、地球に戻るためのロケット費用や、地球や日本への着陸料などの名目で、同年8月、現金計約440万円をだまし取られる被害があった。

また、こうした関係を利用し、暗号資産(仮想通貨)などの投資に勧誘されるケースもある。滋賀県長浜市の50代の男性は暗号資産への投資名目で同年10~12月、計約3200万円を女性を名乗る人物が指定する口座に振り込んだ。口座は複数にわたり、いずれも個人名義の銀行口座だった。

恋愛感情を巧みに使った犯行で、滋賀県警の担当者は「SNSを通じて現金を要求、または投資を持ち掛けるのはすべて詐欺」と注意を呼び掛けている。(入沢亮輔)

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