《必殺パンチ〝幻の右〟で世界ライト級王座を奪取してから49年、ラストファイトから45年。ボクシングビジネスには関わらず、優しいまなざしでボクシング界を見つめている》
ボクシングは私の人生の土台だから、リングからは遠ざかってもいつだって注目しています。ただ今は部外者なので、余計なことは言わないことにしている。一部の人は羽振りがいいけれど、ボクシング界は全体としては苦境にあり、何とかいい方向に向かってほしい。
最近の注目は何と言っても、村田諒太選手の世界ミドル級王座統一戦と井上尚弥選手の世界バンタム級王座統一戦でしょう。2試合ともにレベルの高い好試合でした。
村田選手のガードを固めて前に出て、ボディーから仕掛けていくスタイルは勇気とパワーがないとできない。結果は負けたけれど、最強の相手を序盤は苦しめたし、立派だった。バンタム級初の4団体の王座統一を果たした井上選手は弱点がなく、どこまで強くなるのかという感じ。階級を上げて今後、どんな記録を残していくのか、楽しみです。井上選手の所属ジムの大橋秀行会長は私と同じヨネクラジム出身なので、同じ源流の選手としても注目しています。
でも、あれほどの試合がともにテレビ中継されなかったのは残念。昭和の時代なら視聴率50%は取れて、その時代を生きた人が共有する記憶になっていたでしょう。インターネットの有料配信でしか見られないとなると、ボクシングは特定のファンしか見ないスポーツになってしまう。
ただ、善しあしではなく、これも時代なのかな。このビジネスモデルで、日本でも世界王者が1試合で何億円も得ることが可能になったわけだし。この額は従来とは桁が一つ違う。
《プロボクサーに俳優、タレント、映画制作とこれまでガムシャラに走り続けてきた。今はペースを緩め、しばらくの〝充電期間〟に入っている》
今は時々、テレビドラマに出演したり、郷里・栃木のテレビ局でイベント番組に出たりしていますが、仕事に追われるような生活はしていない。70年以上生きてきて初めて、ゆったりした生活を楽しんでいます。
長寿社会になり「70代は人生の黄金期」とも言われますが、健康でおカネに困らなければ、この言葉は本当だと実感しています。後で述べますが、実はこれまでの人生で3回、億単位の借金を作ってしまい、計8億円もの負債を背負い込んでしまったのです。それを一昨年、ようやく完済することができました。
借金という重荷から解放され、今はのんびりとシニアライフを満喫しています。ただ、このままずっとおとなしくしているつもりはありません。
私の人生哲学に「運は寂しがり屋」という言葉があります。運はにぎやかなのを好み、ガムシャラに、ときに騒々しく周囲を引っ張り回すように頑張っている人のところに寄って来る、という考えです。静かでおとなしいと運は巡ってきません。私はボクサーとしてもタレントとしても、幸運に恵まれた「ツキ男」でした。これも必死に走り続けたからだと思っています。
これまでに私は、自分が制作、監督、主演を務めた映画を2作、発表していますが、3作目に挑みたいと構想を練っています。テーマは高齢者の死。もう少々のんびりしてから、またひと暴れします。(聞き手 佐渡勝美)
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【プロフィル】ガッツ石松
昭和24年、栃木県粟野町(現・鹿沼市)出身。本名・鈴木有二。中学卒業後、プロボクサーを志して上京。43年、全日本新人王、47年、東洋ライト級王者に輝き、49年、アジア人で初の世界ライト級王者となる。連続5回の防衛を経て、54年に引退表明。戦績は31勝(17KO)14敗6分け。芸能界に転身し、NHK連続テレビ小説「おしん」での好演が評判を呼ぶなど、多くのドラマ、映画に出演。平成2年に自ら企画した映画「カンバック」では、監督、脚本、主演を兼ねた。バラエティー番組でも活躍する。