10年近く動かなかった日本経済が大きく変化を始めている。デフレで物価も賃金も動かなかった日本だが、昨年末にはついに消費者物価の上昇率は4・0%まで高くなった。40年ぶりの高いインフレ率である。
物価の動きにつられて市場金利も上昇傾向だ。もっとも重要な市場金利である10年物国債の利回り(長期金利)では、日本銀行の長期金利のコントロール政策によって市場との攻防が行われているが、この先も物価が上昇を続けるようなトレンドであれば、金利も上昇を続けることは間違いない。このまま2%を超えるインフレ率が続いた時、日銀が現在のように長期金利上限を0・5%に抑えるのも正しいとも思われない。
物価や金利の変動と関連しているのが、為替レートの動きだ。昨年3月まで10年近く、円ドルレートが110円前後で安定していたことは、驚くべきことであったが、10月までかけて150円まで円安になり、その後2カ月で130円前後まで円高方向に戻った。
物価や金利、為替レートが安定していた過去の10年は、停滞と安定の10年と言ってよいだろう。大きな変化がないと同時に低成長のままであった、こうした状況を長期停滞と呼ぶこともある。それがコロナ禍を受けて、変化と不確実性の時代に入ったように見える。物価や金利はインフレの流れを受けて変化をしているが、その動きがどこまで続くのか予想は難しい。為替レートについてもこの先の変化の方向を予想することは困難だ。停滞と安定から変化と不確実性の方向に変わりつつある時代の背景に、世界的な新型コロナウイルス感染拡大そしてウクライナ戦争という大きなショックがあったことも間違いない。
変化が続くことは、安定に慣れた私たちの生活を不安にさせるが、変化が起きることは停滞から脱却する大きなチャンスでもある。その変化を牽引(けんいん)すべき重要な存在が賃金である。賃金が変われば産業や経済の流れも大きく変わるからだ。
日本の賃金は過去20年以上、ほとんど変化せず、その結果、先進国の中でも最低に近い水準となっている。例えば、ニューヨーク市の最低賃金は時給15ドルであるが、1日8時間、月25日、1ドル=130円で計算すると、月給39万円という計算になる。これだけの月給を大卒の初任給で払っている日本企業はあるだろうか。この例に限らず、日本の賃金が国際的な比較で非常に低くなっているという見方は様々(さまざま)紹介されており、円ドルレートが大きく円安に振れる中で、社会に広く認識されることになった。賃上げの必要性を意識する経営者も増えているようだ。物価が高騰を続けていることも、賃上げを後押しする要因である。
労働者にとってはありがたい賃金上昇も、企業経営にとっては負担増であり、とりわけ中小企業にとっては厳しい動きだろう。しかし、賃金構造を大きく変えることなく、停滞と安定の壁を壊すことは難しい。賃上げの流れで、日本経済を創造的に破壊する必要がある。(いとう もとしげ)