冷凍受精卵で無断出産、子供の養育費は誰が払う? 最高裁に舞台が移った訴訟の行方

同意なく生まれた子供の経済的負担は誰が負うべきなのか-。冷凍保存した受精卵を無断で元妻に移植したのは権利の侵害として、元夫の男性が手術を実施した京都市内のクリニックに対し、損害賠償を求めている。男性が請求したのは慰謝料に加え、思わぬ形で生まれた子供の養育費。晩婚化などを背景に不妊治療を受ける夫婦が増える一方で、法整備は道半ば。さまざまなトラブルが表面化し、課題が浮き彫りになっている。

たった一つの噓が…

「夫が海外にいるため同意書にサインがもらえない。夫は同意しているのでサインなしで手術をしてほしい」。平成30年1月、元妻はクリニックにこう虚偽の説明をして移植手術を受けて妊娠した。

訴訟資料によると、2人は20年に結婚。男性はスペイン国籍で一時、スペインで生活していたが、日本に移住。28年にクリニックで不妊治療を受け、受精卵の冷凍保存に同意した。

2人はその後、オーストラリアに移ったが、日本に一時帰国した元妻が無断で移植手術を受け、30年秋に男児を出産した。2人は昨年1月、正式に離婚。男児の親権は共同で持ち、双方の家を行き来する形で育てている。しかし、元妻の経済的な事情から養育費は完全に折半されていないという。

男性は離婚に先立つ令和3年、クリニックが同意なく手術をしたことは「自己決定権の侵害」として、慰謝料や男児の養育費など約3200万円の損害賠償を求めて京都地裁に提訴した。

慰謝料は認めたが

日本産科婦人科学会は、冷凍保存した受精卵の移植について「移植ごとに夫婦双方の同意文書を取ること」を医療機関に求めているが、運用は現場に委ねられている。

クリニック側は、元妻の虚偽説明を基に「同意がないことを想定するのは不可能」と反論し、争う姿勢を示した。しかし、京都地裁は昨年4月、クリニックには男性に同意を確認する義務があったと認定。慰謝料と弁護士費用として330万円の支払いを命じたが、養育費については「自己決定権が侵害されたことと因果関係があるといえない」と認めなかった。

2審大阪高裁も同年12月、1審と同様に同意の確認を怠ったクリニックの過失を認めたが、養育費の請求は退けた。判決理由では、「移植手術がなければ生じなかった経済的負担」とは認定しつつ、「子供が生まれたことによって男性が得る、または被る影響は金銭的には算定できない」と判断した。

男性の代理人弁護士はこの判示について、「出費もあるが、わが子の笑顔が見られたり成長を楽しめたりといった『利益』もあるので相殺されるとの判断だろう」と解釈する。

ただ、あくまでも「強いられた金銭負担は金銭で補われるべきだ」として、最高裁に上告。養育費の支払いを求めて引き続き争う方針という。

追い付かぬ法整備

人工授精や体外受精といった生殖補助医療の利用者は増加傾向にある。日本産科婦人科学会の調査によると、2年に国内で行われた体外受精に関する治療は約45万件で、誕生した子供は6万381人に上る。

子供を望む人にとって、生殖補助医療は大きな希望になり得るが、夫婦間の関係悪化などによって、今回のように訴訟にまで発展するケースは過去にもある。

問題の背景として指摘されるのは、生殖補助医療の運用方法を明確に定める法律やルールの整備が追い付いていないことだ。

第三者の精子や卵子提供を受けて出産した際の親子関係を整理した「生殖補助医療法」が2年に制定された。当事者の十分な理解と同意を得るといった基本理念が示されたが、医療の提供に関する規制や子供の「出自を知る権利」の保障などについては盛り込まれていない。

こうした問題に詳しい明治大の石井美智子教授(家族法)は、「同意の有無はもちろん、代理出産やインターネット上での精子や卵子の提供の問題などについて、広い視点で立法すべきだ」と指摘する。法整備だけでなく、治療を受ける段階から子育て期間も含めて相談や支援が受けられる場の整備の必要性を強調した上で、「何よりも生まれる子供の権利と福祉を第一に考えた対応が重要だ」としている。(小川原咲)

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