推理小説の大家、江戸川乱歩は作中で罪なき人を随分とあの世に送った。人を殺(あや)めるトリックも数多く披露した。恐怖を商売にした人だが、実は山びこが苦手だったという。姿のない生き物という感じが怖い、と。
▼「声というやつは…それだけ切り離すと、ちょっと凄味(すごみ)のあるものである」。乱歩が『声の恐怖』という小文に書き留めた一節である。出どころの分からぬ声は、人の恐怖心を刺激してやまない。その構図は、現代の電脳空間を飛び交う情報にも当てはまるらしい。
▼謎の首魁(しゅかい)がSNS(交流サイト)で数十人の実行犯に強盗を指図する。奪った金品は分け取りにする。そんな凶行が成り立つのが不思議だった。実行犯だけで金品をせしめたら…と。どうやら指示役は、裏切りの代償として実行犯に報復を示唆していたようである。