息子の死と同時に、自分の人生も終わった。事故から10年以上が過ぎても、そのむなしさは変わらない。
平成23年4月18日午前7時45分ごろ、栃木県鹿沼市の国道で、12トンのクレーン車が小学生の集団登校の列に突っ込んだ。9~11歳の小学生6人が死亡した。
翌月、当時26歳だった運転手の男が起訴された。罪名は法定刑の上限が懲役7年の自動車運転過失致死罪。「人の命がそんなに軽く扱われてしまうのか」。小学4年だった長男の大芽(たいが)君=当時(9)=を亡くした伊原高弘さん(51)は、起訴罪名を聞いて愕然(がくぜん)とした。「過失からほど遠い、明らかにモラルに反した運転」と思っていたからだ。
男にはてんかんの持病があった。病気があっても一定の条件を満たせば運転免許が取得できるが、男は医師から制止されていたにもかかわらず、持病を隠して免許を取った。
事故以前の10年間で少なくとも12回の交通事故を起こし、うち5回は発作が原因。クレーン車事故の3年前にも小学生をはねて重傷を負わせていた。
この事故で刑事裁判にかけられたが「(原因は)居眠り」と虚偽供述。執行猶予付き判決を得ると、猶予期間中にクレーン車の免許を取得した。6人の命を奪った事故の前日は薬を適切に服用しておらず、当日朝には発作の予兆を感じながら職場に向かった。
運転を思いとどまるべき事実を認識しながら、あえてハンドルを握った-。常識的に「危険な運転」であるのは明白だった。ところが当時の危険運転致死罪には、こうした事案を処罰する条文規定がなかった。
23年12月、宇都宮地裁は男に上限の懲役7年を言い渡した。人数で割るものではないと頭で分かってはいるが「犠牲者1人あたり1年2カ月の刑期」であることを考えると、無力感にいたたまれなくなった。「亡くなった6人に本当に申し訳なかった」
伊原さんら6遺族は判決からわずか4日後、危険運転致死罪の適用拡大や運転免許制度の改正を求める署名活動を始めた。法律を変えても当然、過去の事例には遡及(そきゅう)されず、懲役7年という結果は変わらない。それでも「法律の『想定外』で苦しむ人が二度と出てはならない」という決意が活動を支えた。
最終的に約20万人分の署名を国に提出。悪質な運転を厳罰化する新法や、道路交通法の改正につながった。新法が施行した際、伊原さんはブログにこうつづった。
《この法律で裁かれる人が出てしまったときには、すでに誰かの大切な大切な命が奪われてしまっている。この法律が使われないことを心から願っています》
事故から4月で12年となる。ときに笑顔を見せるが心から笑ったことはない。「息子の人生が終わったのと同じように、自分の人生も事故発生日に終わっている」。幸せは諦めている。
サッカー好きの伊原さんの影響で、大芽君は幼少期からサッカーボールに触れて育った。事故前日には4年生ながら、上級生に交じって少年サッカーチームの試合に出場。試合後、伊原さんはあえて大芽君に厳しく指導した。
「なぜもっと、ほめてあげなかったのだろう」。後悔に次々とさいなまれた。
大芽君が生きていれば21歳。部活、受験、恋愛…。誰もが経験することもかなわなかった。
「当たり前」の尊さ。すべての運転手に想像を巡らしてほしいと、伊原さんは言う。愛する家族の未来が理不尽な事故に奪われたとき、あなたは何を思う?
「誰かを思う優しさがあれば、事故はなくすことができる」
事故相次ぎ新法の契機に
平成23年に栃木クレーン車事故が発生した際、危険運転致死罪には飲酒や薬物摂取の影響で事故を起こした運転手を処罰する規定はあったが、病気の管理を怠り、その影響で事故を起こした運転手を想定したものはなかった。
遺族は、病気を隠して運転免許を取得したことが、同罪の適用要件の一つである「進行を制御する技術を有しないで運転した」というケースに当てはまらないのか検察に質問したが、「該当しない」との返答だったという。
いかなる行為が犯罪とされ、いかなる処罰が科せられるかは、あらかじめ明確に法律で定めておかなければならない。それが「罪刑法定主義」という刑事裁判の大原則だ。栃木の事故は、新たな立法の必要性を浮き彫りにした。
遺族が国に署名を提出した直後の24年4月には、京都・祇園で、てんかん発作を起こしたとみられる男=当時(30)=が運転する軽ワゴン車が暴走し、通行人7人が死亡、12人が負傷する事故が起きた。
法律を見直す動きが加速し、25年に「自動車運転処罰法」が成立。同法では、てんかんや統合失調症といった一定の病気により「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」で自動車を運転し人を死傷させたケースを危険運転致死傷罪の一種として規定、死亡事故の場合は15年以下の懲役を科せることになった。(野々山暢)
《病気運転(自動車運転処罰法3条2項)一定の病気の影響により、正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で、自動車を運転し、その病気の影響により正常な運転が困難な状態に陥り、人を死傷させた》
過失では済まされないような危険な運転を厳しく罰するために制定された危険運転致死傷罪。しかし厳罰ゆえに検察や司法が適用に慎重になるケースが相次ぎ、遺族の無念は宙をさまよう。同罪を取り巻く課題を検証する。