再考・犯罪被害者

「どうして過失なの」飲酒の影響認められず 娘失った母親の5年半

河本恵果さんがはねられ、死亡した事故現場=平成27年5月11日、大阪市中央区
河本恵果さんがはねられ、死亡した事故現場=平成27年5月11日、大阪市中央区

「飲酒が事故の原因だったと認めてほしい」。まな娘を奪われた母の願いはその一点だった。

平成27年5月11日午前3時45分ごろ、大阪・ミナミの衣料品店や飲食店が並ぶ「アメリカ村」(大阪市中央区)で、駐車場から出てきたスポーツ用多目的車(SUV)が自転車2台と歩行者をはね、准看護師の河本恵果(けいか)さん=当時(24)=が死亡、2人が重軽傷を負った。

発進わずか10秒

当時25歳だった運転手の女は前日夜、駐車場に車を止め、コンビニで買った発泡酒を飲みながら飲食店へ向かい、3時間ほど飲酒した。飲酒量は発泡酒とビールで少なくとも1・5リットル前後。帰りは友人に運転の代行を依頼していたが、結局自らハンドルを握り、車を発進させて約10秒のうちに重大事故を起こした。

飲酒運転には厳しい罰が科せられる-。それが常識だと思っていた。ところが恵果さんの母、友紀さん(50)が直面したのは、飲酒運転を擁護するかのような酷な現実だった。

大阪地検は同年6月、女を起訴したが、罪名は自動車運転処罰法の危険運転致死傷罪ではなく、過失運転致死傷罪だった。

《正常運転困難(自動車運転処罰法2条1号)アルコール、薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為》

酒を飲んで運転しただけでは、危険運転致死傷罪には問えない。飲酒の影響で「正常な運転が困難な状態」であったことを証明する必要があるが、地検は当初、この立証が難しいと判断したとみられる。

「自らの意思で酒を飲み事故を起こしたのに、どうして『過失』なの」。友紀さんは、京都府亀岡市で24年に10人が死傷した事故の遺族らの支援も受けながら約7万5千人分の署名を集め、上申書とともに地検に提出。その後も活動を続け、最終的に提出した署名は17万人分を超えた。地検の補充捜査の結果、危険運転致死傷罪に訴因が変更された。

当時、友紀さんは報道各社に「闘いはこれから。やっとスタートラインに立った」とのコメントを出した。だが厳罰への期待は、無残に打ち砕かれる。

大阪地裁は28年11月、事故原因はアクセルとブレーキの踏み間違えと認定。ミスは「焦り」によるものでアルコールの影響とは認められないとして、危険運転致死傷罪ではなく過失運転致死傷罪などを適用し、懲役3年6月を言い渡した。

地検は控訴したが、2審大阪高裁も1審を支持、判決は確定した。「愛する家族を理不尽に奪われても法律は守ってくれないのか」と司法に絶望したという。

民事訴訟も起こしたが、1審こそ事故と飲酒の因果関係を認定したものの、2審では覆った。刑事裁判と同様、ペダルの踏み間違いが原因との結論だった。

事故から約5年半。「飲酒運転は殺人と同じ」と法廷で訴え続けたが、納得のいく結論はついに得られなかった。

砕かれた夢

恵果さんは、幼いころから歌うことが好きで、准看護師として働きながら、歌手になる夢も抱いていた。結婚も控えていたという。

テレビを見ていると、ふいに恵果さんの好きだった曲や口ずさんでいたメロディーが流れてくる。事故後しばらく、テレビの電源が付けられなくなった。

恵果さんの遺影を手に、法の理不尽を訴える母親の友紀さん(安元雄太撮影)
恵果さんの遺影を手に、法の理不尽を訴える母親の友紀さん(安元雄太撮影)

今でも恵果さんの誕生日や命日になると、自宅を訪ねてくれたり、メッセージをくれたりする友人たちがいる。その人たちとの交流が「生きる力になっている」(友紀さん)。

運転手の刑期が終わり、数年がたつ。友紀さんによれば、裁判中に「出所後は真っ先に謝罪に行きたい」「働いて1円でも弁償したい」と述べていたが、いまだ連絡はないという。理不尽に苦しむ日々が今も続いている。

被告に有利な事実認定も

「ちょっとだけやから」

大阪・アメリカ村の事故直前、女は同乗者に飲酒運転を制止されたが、そう言って車を始動させた。運転代行を頼んでいた友人が不安そうにしていたため、駐車場の出口付近までのつもりでハンドルを握った。

しかし、発進から6秒後に駐車場内の低い鉄柵に前輪が乗り上げ、車体が揺れた。「もし物を壊したとすれば、飲酒運転が発覚し警察に捕まる」。そう焦った瞬間、自転車が目に入りさらに狼狽(ろうばい)。ブレーキをかけるつもりが、アクセルを強く踏み込んだ―。これが裁判で示された経緯だ。

検察は、鉄柵への乗り上げやペダルの踏み間違いなど10秒程度の間に重大な運転ミスを繰り返しており、その理由はアルコール以外に考えられないとして、危険運転致死傷罪の要件である「正常な運転が困難な状態」だったと主張した。

しかし裁判所は、鉄柵への乗り上げと自転車の往来という「想定外の出来事」が重なったためミスが起きた可能性を指摘。アルコール抜きでもあり得る事故と判断した。「結果的に踏み間違えてはいるもののブレーキを踏もうとする行動に出ている」(大阪高裁判決)ことも、状況に応じた運転操作として被告に有利な事実と評価されている。

「正常な運転が困難な状態」の判断を巡っては、福岡市で平成18年、飲酒運転の車により幼児3人が死亡した事故の上告審で、最高裁が判断基準を提示。事故の態様▽事故前の飲酒量、酩酊(めいてい)状況▽事故前の運転状況―などを「総合的に考慮」することを求めた。

この事故では、運転手が焼酎ロック8、9杯やブランデーなどを飲んだ上、現場がほぼ直線道路にもかかわらず約8秒間も前方の被害車両に気付かなかったことを重視し、「飲酒によって通常考え難い異常な状態だった」と結論付けた。

ただ裁判官の一人は「結果の重大性に引きずられ、立法時に想定した適用範囲を拡張している」と反対意見を述べており、評価の難しさを裏付けている。(小川原咲)

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