物価や光熱費などの高騰が続き、賃金の値上げを求める国民の声は日増しに高まっている。日本企業の99%以上を占める中小企業の実施が大きなカギとなるが、賃金引き上げのコストアップに対応できない企業が多いのが実態だ。そんな中、あえて賃上げに踏み切る中小企業も出てきている。その重い決断と事情を取材した。
「スタッフは人財」
ウェブサイトや映像の制作などを行う「MONSTER DIVE」(東京都港区)は、34人の全社員の基本給について4月から一律1万5000円ベースアップすることを決めた。
岡島将人代表取締役によると、これまで定期昇給を含めた給与改定を行ってきたが、急激な物価高騰を受け、賃上げを決断した。通常、企業にとって固定費である人件費の負担増は経営に重くのしかかる。岡島氏は「ベースアップに関わる費用は年間約1000万円前後となり、中小企業にとってかなり大きなインパクトを与えるが、スタッフは『人財』であり、生活の安定化は最重要経営課題と考えている」と説明。今回のベースアップによる価格転嫁は行わず、コストの効率化などで適正な利益率を確保するとしている。たとえば、制作工程を精査しネットワークインフラ費用などのコストを見直すことで賃上げの原資を生み出す方針だ。
社員の間からは、「乳幼児がいる家庭なので自宅はエアコンの24時間フル稼働が欠かせない。電気代の高騰が続くなかで、賃上げはとても助かる」(40代男性)、「一時金よりも月給が引き上げられることは将来に安心感がある」(20代女性)と歓迎する声が上がっているという。
健康食品メーカーのわかさ生活(京都市)は、顧客のサービス向上にもつながる「未来への投資」と位置づけ、2月から約100人の社員の基本給を一律5万円ベースアップすることを決めた。パート従業員は、時給を200円引き上げる。価格転嫁はせず、利益から捻出する。これまでも昨年2回にわたって「生活応援手当」を支給してきたが、「物価上昇が続く中、生活に不安なく、仕事に取り組んでほしいとの思いで基本給の見直しに踏み切った」(広報)といい、社員のモチベーションも高まっているという。
中小企業にも徐々に意識が浸透
城南信用金庫(東京都品川区)が中小企業738社に対し、10日から13日にかけて行った調査によると、今後の賃上げについて、72・8%が「賃上げを予定していない」と答えた。賃上げできない理由については、「価格転嫁ができておらず、賃上げに踏み切れない」(リネンサプライ業)、「物価が値上がり、収益も上がっていない状況では人件費を上げられない」(自動車部品加工業)との声もあったという。
全国中小企業団体中央会が25日に発表した昨年12月末時点の「中小企業月次景況調査」によると、景況感を示す業況判断指数(DI)は、マイナス21・5で、前月比から1・4ポイント改善した。年末商戦やインバウンドなど、人流の回復による改善が見られる一方、エネルギーの高騰や原材料価格の高騰による影響を受けた企業も多く、改善状況は「まだら模様」で一進一退の状況だという。
政策推進部の今村哲也副部長は、「原油高、円安など経営を圧迫する要因が積み重なったこともあり、企業によっては赤字を防ぐことが精いっぱいの企業もある」としながらも、「中小企業でも徐々に賃上げの意識は浸透しつつある」と説明。中小企業の賃上げのためには、「生産性を上げる努力と適正な価格転嫁をし、賃上げの原資を確保することが必要」と強調する。
政府は中小企業の賃金の引き上げを後押しするため、給与などを増加した場合に、増加額の一部を法人税から税額控除できる「賃上げ促進税制」や中小企業の支援制度「ものづくり補助金」で、賃上げの取り組みに応じて上限額や補助率を引き上げるなどの政策を行っている。これらが実際に賃上げにつながるのか、注視していく必要がある。(本江希望)