初音ミクが「150年後の国宝」に?! 音楽を変えた「電子の歌姫」

「電子の歌姫」初音ミク
「電子の歌姫」初音ミク

青緑色のツインテールをなびかせた「電子の歌姫」が、21世紀の音楽を変えた。

バーチャル歌手、初音ミク(16)。身長158センチ、体重42キロ。といっても、これらはすべて歌声合成ソフトの架空のキャラクター設定だ。

歌声合成ソフトは、歌詞とメロディーをパソコンに入力すると、歌声が出力される仕組み。ヤマハが開発した「ボーカロイド(ボーカル・アンドロイド)」という音声合成技術を利用し、実在の声優、藤田咲さんの声が使われている。

初音ミクが世に出たのは平成19年。その完成度と、二次創作を可能にしたことで、国内外のクリエイターがこぞって楽曲やイラストを発信した。

インターネットを中心に「ボカロ」という新たな音楽ジャンルが生まれ、楽曲を作る「ボカロP(プロデューサー)」出身の米津玄師さんや音楽ユニット「YOASOBI」が現実のヒットチャートを席巻する。

矢野経済研究所によると、ボカロ市場は29年時点ですでに100億円市場に成長。ミクの売り上げも関連4作品と合わせ累計28万本に上る。

音楽革命とも称される初音ミクを開発したのは、北の大地で創業したベンチャー企業だった。

「歌声」に潜在ニーズ

札幌市の中心部、「赤れんが」と呼ばれる旧北海道庁のそばにあるビル11階に「クリプトン・フューチャー・メディア」の伊藤博之社長(57)を訪ねた。

道東の酪農の町、標茶(しべちゃ)町出身。釧路市の市立高を卒業後、北大の事務職員をしながら夜間大学へ通った。

「職場の大学はコンピューター環境が充実していて、趣味の楽器でコンピューター音楽を作ったり、プログラミングをしたりしていた。そんな時にインターネットが登場して、世界中とオンラインでつながる環境に、すごいものが出てきたと衝撃を受けた」

基本ソフト「ウィンドウズ95」の登場などからインターネット元年と呼ばれる7年、30歳で同社を起業。海外から効果音を買いつけて映画会社やゲーム制作会社などへ販売する事業から始めた。当時、爆発的に普及が始まった携帯電話の着信音や、楽器のサンプリング音源など、音に関わることは何でも事業にした。

クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長=札幌市(坂本隆浩撮影)
クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長=札幌市(坂本隆浩撮影)

「パソコン一つあれば、どの楽器のパートも制作できる。その中で潜在ニーズとしてあったのが、ボーカル部分だった」

音声合成技術を開発していたヤマハからライセンスを受け、16年、初の関連ソフトを発売。3年後に出した3作目の初音ミクは、世界中で1千本売れればヒット作とされる音楽関連ソフトの中で最初の半年、3万本を売り上げた。

ルール決め二次創作許可

初音ミクの名前には「未来から来た初めての音」との意味が込められている。

伊藤さんは「人の声だからこそ、その人となりを気に入ってもらいたいという世界観からだった」と振り返る。擬人化したことで、単なるソフトウエアを超えて人気が加速していった。

そして、「ルールを決めた上で、二次創作を許可したことが大きい」という。

アニメなどの作品は、著作権保護の観点から多くは複製を禁じているが、ミクはあえてライセンスを開放。ファンが楽曲やイラストを投稿できるサイトも開設した。ファンが集まって投稿することで認知度が広がり、新たな創作へとつながる仕掛けだ。

ミクの開発に最初から携わってきた同社の熊谷友介さん(43)は「二次創作してくれたクリエイターさんがあってこその初音ミク。これからも、さまざまな分野で活躍するクリエイターさんをサポートする仕組みを作りたい」と話す。

初音ミクは今、東京国立博物館にいる。1月29日まで開かれている「150年後の国宝展」で、22世紀へとつなぐ国宝候補31点の中に選ばれた。

ミクの等身大パネルが出迎える展示の説明文には、こう書かれている。

《「初音ミク」の登場によって、専門的な知識や経験の有無に関係なく、より多くの人が容易に創造の世界に触れられるようになったことは画期的である》

(坂本隆浩)

【クリプトン・フューチャー・メディア】 平成7年創業。本社札幌市。歌声合成ソフト「初音ミク」をはじめ、音楽配信プラットフォームやウェブシステムの開発・運営などを手がける。売上高は非公表。従業員128人。社名は、適当な乱数から世の中にない名前を生成したという。

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