話の肖像画

歌手・石川さゆり<21> イチローさんと謎のディナー事件

マイアミ・マーリンズ時代のイチロー選手を矢野顕子さん(左)と応援。この夜、夕食をともにしたのだが…=2016年7月、米フィラデルフィアのシチズンズ・バンク・パーク
マイアミ・マーリンズ時代のイチロー選手を矢野顕子さん(左)と応援。この夜、夕食をともにしたのだが…=2016年7月、米フィラデルフィアのシチズンズ・バンク・パーク

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《「天城越え」が縁で、平成20年から交流が深まった大リーガーのイチローさん。石川さんはイチローさんが現役引退するまで、現地に足を運んだ》


イチローさんが驚いていたんです。「口では『行きますね』『応援しますね』という人がいるけど、こんなに約束通りに守る人っていないです」ってね。ま、「毎年行きます」と言ったのは私ですし、約束を守るというのは、私の今までの生きてきたやり方です。別にイチローさんだからということはないですが…。それにお互いに、いい刺激になってました。

私は野球のことが全くわからない。「えっ、どうしてあのとき、右(一塁方向)へ走っていったの?」。そこからのスタートですから。「(打席で)あんなにフニャフニャ動いている人はいないよ。もっとシャキンと立っているとか、腰を据えるとかしないの?」って。イチローさんは「あれが一番、動きやすいんです」って。

彼は彼で、「ディナーショーって、お客さんと一緒にご飯を食べて、そこから舞台に上がって歌うんですか? だからあんなに(料金が)高いんでしょ?」って。何を言ってるの、そんなわけないでしょ、っていうくらい、イチローさんはエンターテインメント、音楽のことを知らなかった。

会話して、結構ちぐはぐしていたことがあっておかしかったけど、やはり仕事に対するストイックさ、それに向き合う面白がり方だとか、自分で何かに向かっていく形、スタンスがとても気持ちがいいタイプ。難しい感じもなく、すごく共通することがあって、友達になれたかなという気がしましたね。


《謎の連夜ディナー事件…》


あるとき、ニューヨークでレコーディングした後、矢野顕子ちゃんと2人で、フィラデルフィアまで電車に乗って応援に行ったの。2泊したんです。映画の「ロッキー」が大好きで、田舎のお上りさんみたいに、シルベスター・スタローンが映画の中で走ったシティーホールの階段を駆けたり、美術館巡りして、夕方に野球の試合に行きました。

試合が終わって、イチローさんが「この街でおいしいと思う僕の行きつけの店があるからご一緒してもらえますか」と。イタリアンのお店でした。すると「違うんだな」「う~ん、ちょっと違う」と首をかしげるんです。私たちが「おいしいです」と言うと、「あと、ちょっと、ここが違う」とおっしゃって。その日の食事を終えました。

2日目の試合後、またご飯を食べに行こうって。外を見ていたら、景色が同じような所に入ってきたと思ったら、また同じ店の前に車が止まる。「えっ、まさか、私たち同じもの食べるんじゃないよね、この中には違うお店だってあるよね」と思っていたら、同じ階段を上り、同じお店に入った。

すぐに「これ、これ…」と頼んでくれましたが、出てくるものが全く同じなんです。「何で?」と思っていたら、イチローさんは食べながら「あっ、そうそう、この味、戻った、戻った。この味いいよね」って言ってるんです。たぶん、(初日に)帰るとき、彼なりにチェックし、お店にオーダーして帰ったんだと思う。次の日、もう一度行って、それを確かめたかったんでしょうね。自分が納得いかないことは、納得いくまでとことん追求する。イチローさんらしさの表れ、そこがイチローという選手なんだなって思いました。

長いこと友達をやっているとわかります。そのときは初めてだったので「私たち、日本から来ているのに、何で同じものを2日も食べさせるなんて」と思いましたよ。味の違い? そこまでは覚えてないけど、おいしかったですよ。

東京ドームでの引退試合(31年3月21日)も見ました。誰にでも最後というものがある。最後の作り方、どういうふうにケジメの付け方をするんだろうって思ったけど、とても格好良かったです。いまでもいいお付き合いをさせてもらってます。(聞き手 清水満)

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