追悼ジェフ・ベックさん 本紙記者に語った「奏法変更」の秘話

来日コンサートで演奏するジェフ・ベックさん=平成12年12月1日、東京国際フォーラム
来日コンサートで演奏するジェフ・ベックさん=平成12年12月1日、東京国際フォーラム

1月10日に78歳で亡くなった英ロックギタリスト、ジェフ・ベックさんは、エレクトリックギターの最高峰の演奏家であり、ギタリストが若者文化の英雄だった時代を代表する一人だった。

「ギターの神様」と呼ばれたエリック・クラプトンさん(77)の後任として1965年、英ロックバンド、ヤードバーズに参加し、頭角を現した。さらにベックさんの後釜となったジミー・ペイジさん(79)と並んでヤードバーズ出身の3人は、ロックの「三大ギタリスト」と呼ばれた。

ヤードバーズを辞したベックさんは、ボーカリストのロッド・スチュワートさん(78)を擁する自身のバンドを結成した。2人が拮抗(きっこう)しながらサウンドを構築するスタイルは、後のハードロックバンドのお手本になった。

歌の伴奏も絶品だったベックさんだが、70年代半ばに当時流行し始めたフュージョン音楽に接近し、それ以降は〝歌のないロック音楽〟という独自の道を歩み続けた。

バンドによる商業的成功が相次いだ時代だったこともあり、「包丁1本」ならぬギター1本でそびえ立ったベックさんは、「孤高のギタリスト」などと呼ばれた。それは同時に、演奏の次元が、他者には到達できない高みにあったことも意味した。

ベックさんの演奏は、素早く正確で、だが奇抜で攻撃的で、聴く人を常に驚かせた。また、時代の新しいビートをぬかりなく取り入れた。だから、そのサウンドは、ジャズやフュージョンではなく、あくまで最先端のロックであり続けた。

また、ベックさんは、ギターピックではなく指で直接弦を弾くよう奏法を変えた。ギターの音色が、人の声のようなサウンドに変わった。そんな音を出すエレキギター奏者は、ベックさんのほかには、どこにもいなかった。

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記者は、平成12(2000)年にベックさんに電話取材で、指で弾く理由を尋ねたことがある。「70年代半ば、ジャズの演奏家と共演した際、彼らの速度についていけず、ピックを落としたことがあったのです。それで、思案し、もうピックを使うのをやめ、指で直接弾こうと決めました」。失敗から生まれた奏法だった。ベックさんに失敗があったことが、とても意外だった。

「彼はベジタリアン。ホテルのバーでジェスチャーゲームに興じたり、ファンから贈られたプラモデルを夢中で組み立てたり、シャイで、人間味あふれる人物でした」と振り返るのは、ベックさんの来日公演のほとんどを担当したコンサート制作会社「ウドー音楽事務所」の相談役、高橋辰雄さん(70)だ。

同社は今年、ベックさんを招聘(しょうへい)するつもりだった。また、公私ともに交流があった高橋さんは「彼の自宅でギターコレクションを拝見するつもりだったのに…」と落胆する。

昭和48(1973)年を皮切りに、平成29(2017)年まで17回来日した。29年の日本最後の夜、ベックさんはスタッフとともにホテル近くのカラオケに繰り出した。「珍しいことに、周りに乗せられて英国民謡か何かを歌っていましたね」と高橋さんは回想する。

「招いた演奏家に日本でくつろいで過ごしてもらうことが私たちの最大の使命」と話す高橋さんにとって、カラオケで見せたベックさんの笑顔は勲章であり、忘れられない思い出となってしまった。高橋さんが言う。

「とうとう三大ロックギタリストの一人がいなくなってしまった。天国で(名ギタリストの)ジミ・ヘンドリックスと再会して、演奏を楽しんでいるんじゃないか。そんなふうにでも考えないと、寂しくてやりきれない」

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