戦いは終わった。巨人の選手たちはベンチ前に整列して、歓喜の中で胴上げされる上田監督を見つめた。
第7戦、ネット裏では「もっと早くに小林を出していれば…」という声が多く聞かれた。2―1と巨人リードで迎えた七回、ライトは1死からウイリアムスに二塁内野安打され、二盗。そして森本に左翼へ逆転本塁打された。小林がマウンドに上がったのは、八回、ライトが福本にダメ押しのホームランを打たれたあと。遅過ぎる登板―だった。
実はこうなることを上田監督は予想していた。前夜、首脳陣だけのミーティングで彼らはこんな話をしていたという。
コーチ「ライト攻略はできます。カーブか直球かは投球フォームで分かっています」
上田監督「六、七回になって球威が落ちれば必ず打てるな。足立が踏ん張り、同点か僅差なら…」
コーチ「早めに小林が出てくるんやないですか」
上田監督「いいや、それはない。小林にはきょう5回も投げさせとるし、長嶋はライトを引っ込めにくいはずや。勝負は七回や」
まさに〝予想通り〟の展開になったのである。小林はコーチから「早い登板があるぞ」といわれ、ブルペンで用意していた。だが、なかなかベンチから電話がかかってこなかった。
長嶋監督は小林投入を躊躇(ちゅうちょ)した。7試合中6試合に登板。19回⅓を投げ2勝1敗1S、防御率2・84。コーチから「なぜ?」と尋ねられた長嶋監督は「コバには来年もある」と答えたという。
試合後、各賞が発表された。
【最優秀選手賞】福本豊
【打撃賞】福本豊、柴田勲
【敢闘賞】柴田勲
【最優秀投手賞】足立光宏
【技能賞】マルカーノ
【優秀選手賞】ウイリアムス
【勝利監督賞】上田利治
この発表に長嶋監督は思わず「おい、小林には何もないのか」と声を上げた。
「それを聞いたとき、ジーンと体がしびれた。監督の気持ちがうれしかった。ことし1年、死に物狂いでやってよかったと思った」。小林にとって、どんな賞よりも輝く〝勲章〟となった。(敬称略)