平成の最末期に、課金制のSNSや動画配信が定着し、人々の注目を集める存在ならネットで稼げるとうたう「アテンション・エコノミー」(注意の経済)の風潮が生じた。対して安倍晋三元首相の銃撃死と、その後の社会の反応は「アテンション・ポリティクス」の極みといえる。
世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と自民党の関係は「いまさら」な話だったのに、山上徹也容疑者によるテロの映像が「絵になり」耳目を集めたことで、にわかに政治を動かした。しかし、もし安倍氏が重体の後に回復するか、または民間人の巻き添え死が出ていたら、同じトーンで報道できただろうか。
事件の前は「インフルエンサー」ではなかった山上容疑者が、たまたま安倍氏だけを射殺したことで、異様な規模の「共感」を集めて社会を動かす。スマホゲームでガチャを回す感覚で、凶行に走り〝良い引き〟が出ることに賭ける、「テロガチャ」のような世相が生まれつつある。