パラスポーツ

2024年パリへの道、本格化 壁に挑みさらなる高みへ

2024年パリ・パラリンピックを目指すアスリートにとって今年は重要な一年になる。21年東京大会での悔しさを胸に飛躍を期す選手、年齢という〝壁〟に挑む選手、成長著しくさらなる高みを見据える選手-。21年東京大会を戦った〝パラ戦士〟たちはいま何を思うのか。パリへの出場権をかけた戦いがいよいよ本格化する。

走り幅跳び・山本篤「世界との距離測る1年へ」

24歳の前川楓とともに練習に取り組む山本篤(右)
24歳の前川楓とともに練習に取り組む山本篤(右)

5大会連続の夏季パラリンピック出場を目指す山本篤は、2023年を世界との距離を測る一年と位置づける。目標は7月にパリで開かれる前哨戦の世界パラ陸上。「まず、そこに出場して自分の状態、世界の中でのポジションをしっかりと知りたい」と抱負を語る。

昨年、40歳を迎え「年齢的に大きな大会に向けて緊張感を持って取り組まないと、コンディションを上げにくい」と思うようになった。一方で、まだまだ伸びしろがあるとも感じている。21年の東京大会ではメダル獲得はならなかったが、走り幅跳びで自己ベストの6メートル75をマークした。「なので、これからも記録を出せるかどうかということもあるし、可能性がどれぐらいあるのかを確かめたい」と打ち明ける。

日々の練習には又吉康十(こうと)、前川(まえがわ)楓、近藤元(はじめ)ら若い選手も顔を出す。自身の経験を基に助言も行う山本は「技術的にどうしたらいいのか、困ってる部分があったりするので…。競技力を上げたいと思う若い選手が、上げられる環境ができればいい」と話す。

東京大会後、パラ競技への関心が一気に低くなることを懸念していたが、思ったほどではなかったという。「やっぱり、知ってもらうことが一番かな。コツコツとやっていくしかない」。第一人者として競技用義足の講習会「ブレードアスリート・アカデミー」を開催するなど普及活動にも取り組む山本は「世界と戦う以上、年齢は言い訳にしない」と強調する。トップアスリートの誇りを胸に走り続ける。

やまもと・あつし

1982年4月19日生まれ、静岡県掛川市出身。新日本住設所属。高校2年時のバイク事故で、左足大腿(だいたい)部を切断。専門学校で競技用義足に出合い、陸上を始めた。夏季パラリンピックは2008年の北京から東京まで4大会連続で出場し、走り幅跳びで銀メダル2個、400メートルリレーで銅メダル1個を獲得。東京大会は6メートル75のアジア記録をマークした走り幅跳びが4位、100メートルは13秒20で決勝進出を逃した。冬季もスノーボード2種目で18年平昌大会に出場。17年からプロとして活動している。

(北川信行)

柔道・広瀬順子「東京の悔しさ 情熱に」

東京パラリンピックの3位決定戦でトルコ選手と戦う広瀬順子。悔しさを胸にパリを目指す
東京パラリンピックの3位決定戦でトルコ選手と戦う広瀬順子。悔しさを胸にパリを目指す

東京パラリンピックを最後の大舞台にするはずだった。広瀬順子は2015年に同じく柔道選手でリオデジャネイロ、東京と2大会連続出場の広瀬悠と結婚。東京大会を柔道人生の集大成と位置づけ、その後は「女性の幸せとして子供も欲しい」と考えていたからだ。一転して今は24年パリ・パラリンピックを見据え、柔道漬けの日々を送っている。

16年リオ大会に初出場し、パラ柔道の日本女子で史上初めてとなる銅メダルを獲得した。金メダルを目標に掲げた東京大会は、5位だった。3位決定戦で敗れ、メダルに届かなかった。大会後は「大きい目標としていた大会が終わって気が抜けてしまった」と畳から遠ざかった。その間、頭の中には現役引退の選択肢もあった。

だが、柔道着を着なくなって半月ほどたったとき。東京大会の自身の映像を見返すと、「やり切ったつもりでいたはずなのに、すごく悔しさがこみあげてきた」という。「女性としての幸せと、柔道をしたい気持ちをてんびんにかけた感じで過ごしていて、柔道をしたい気持ちの方が強かった」。約1カ月後に〝再始動〟した。

復帰当初は「一つ一つの試合を大切にして、結果として、パリにつながれば」とパリ大会に向けた思いはそこまで強くはなかった。徐々に心境に変化があった。22年11月に行われた世界選手権で銅メダルを獲得し、「今まで勝てなかった選手に勝てて、3位に入れた。今はパリに向けて頑張ろう、という気持ちが強い」と切り替わっている。

23年は、パリ大会の出場権獲得に向けた重要な国際大会が多く開催される予定だ。「世界大会で結果を残して、パリの出場枠を取りたい」。東京での悔しさを胸に、パリへとつながる勝負の一年を駆け抜ける。

ひろせ・じゅんこ

1990年10月12日生まれ、山口県出身。SMBC日興証券所属。少女漫画『あわせて1本!』(講談社)に影響され、小学5年生で柔道を始めた。高校では全国高校総体に出場した。19歳のときに膠原(こうげん)病の合併症で視力が低下。その後、ゴールボールの大会運営の手伝いに行ったことがきっかけで、「何かにもう一度、一生懸命になりたい」と22歳で視覚障害者柔道を始めた。得意技は、一本背負い。

(久保まりな)

水泳・山口尚秀「隙なし、ライバルは自分」

東京パラリンピックで金メダルを獲得した山口尚秀。今年は世界選手権を目標に据える
東京パラリンピックで金メダルを獲得した山口尚秀。今年は世界選手権を目標に据える

100メートル平泳ぎ(知的障害)で自身の世界記録を更新し、金メダルを獲得した一昨年の東京パラリンピック。山口尚秀は「国際的な大会を自国で開催できるのは貴重な機会。最善を尽くそうと思っていた」と振り返る。交流サイト(SNS)などで多くの声援が寄せられ、それが力になった。「大会は終わったが、日本においての競技力向上はレガシー(遺産)として残ると思う」と期待する。

もともとは健康維持のために始めた水泳。そこから競技に進んだ自身の経験から、「スポーツとしても健康目的としても楽しめるのが水泳の魅力」と語る。

日本代表として、初めて出場した2019年の世界選手権(100メートル平泳ぎ)でいきなり優勝するなど、泳ぐたびに記録を伸ばし、向かうところ敵なし。「ライバルは自分自身」との言葉には説得力がある。パリ・パラリンピックでもさらなる記録更新に期待がかかるが、当面の目標は今年の世界選手権だ。男女混合メドレーリレーなどパラリンピックになかった種目への挑戦も視野に入れる。

「(パラ水泳は)競技の内容も進化し、どんどんスポーツの魅力が強くなっている。海外の選手も力を入れてきているので、対抗できるようにしたい」。王者に隙なし。攻めの一年となりそうだ。

やまぐち・なおひで

2000年10月28日生まれ、愛媛県出身。四国ガス所属。知的障害を伴う自閉症と診断され、小学4年からスイミングスクールへ。16年の全国障害者スポーツ大会出場を機に本格的に練習を開始し、19年の世界パラ水泳選手権100メートル平泳ぎで世界新記録(当時)で優勝。東京パラリンピックでは同種目で世界記録を更新し、金メダルを獲得した。

(道丸摩耶)

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