中国認知戦、ライブ配信が主戦場 台湾の若者標的に

中国当局がインターネット上の偽情報によって台湾世論をコントロールする「認知戦」を仕掛けている。最前線でフェイクニュースなどに対応する民間機関の責任者に現状を聞くと、台湾当局への不信感を増幅させて社会の分断を進めるとともに、米国や日本をおとしめて相対的に自国への評価を上げようとする中国側の思惑が浮かぶ。

中国発の偽情報を分析する研究機関「台湾民主実験室」理事長の沈伯洋(しん・はくよう)台北大副教授によると、大学内で実施したアンケートで、「海外から台湾に偽情報がもたらされている」と認識している学生は6割にとどまった。しかも、うち2割の学生は米国や日本が偽情報を流していると認識。沈氏は「若者の間には中国に対し何の警戒感も抱かず、友好的だと感じている人たちすらいる」と指摘する。

こうした傾向に影響を与えているのがネットの情報だ。西側ソーシャルメディアは中国当局との関連が疑われるアカウントへの規制を強化しているが、〝抜け穴〟となっているのが各種交流サイト(SNS)でのライブ配信と中国の動画投稿アプリ「ティックトック」だという。

中国が利用しているのは台湾人のライブ配信者だ。配信者が台湾当局や米国、日本を批判すると視聴者数が伸び、「投げ銭」収入も増える。そのことに気付いた配信者は中国のサイトから同様の内容を探し出し、自分なりにアレンジして発信するようになるという。沈氏は「中国の影響を受けている配信者は多く、主に人民解放軍の資金が使われているようだ。おそらく数万人おり若者への影響は非常に大きい」と危惧する。

またティックトックは中国企業のアプリであり、偽情報対策への協力は期待できない。主に15歳以下の子供が好んで使っており、その影響力は「5年後の大きな懸念材料」だ。

沈氏は中国の認知戦について「短期目標は、社会を分断して介入しやすくすること。みんなが政府やメディア、周囲の人々を信じなくなれば台湾の民主への信頼も喪失する」と語る。

認知戦の強度は中国の国内事情にも左右される。ネット上の噂や報道を調査し誤情報を公表する民間非営利団体(NPO)「台湾ファクトチェックセンター」の陳慧敏(ちん・けいびん)編集長によると、2020年1月の総統選の直前、与党・民主進歩党の蔡英文陣営が開票作業で不正を行うとの偽情報が激増した。選挙後も発信は続いたが、同月下旬に武漢でコロナ対策の都市封鎖が始まったとたん発信は消えたという。政権内部がコロナ対策に忙殺されたことが背景にあるとみられる。

陳氏は「不正選挙のデマは対立と憎しみを深めて民主的な社会を傷つける」と指摘。また、対外関係をめぐっては、米国が台湾有事を引き起こそうとしているとの陰謀論も発信され続けているという。

沈氏によると、今年11月の統一地方選では中国側の干渉は比較的少なかった。10月の中国共産党大会など国内で処理すべき多くの事柄があったことも影響したと分析。ただ、24年の総統選では偽情報が必ず増加するとみる。沈氏は「中国は総統選に向けて、他国と比べても中国はそれほど悪くないという印象を台湾の若者に与えようとしている」と警鐘を鳴らしている。(台北 西見由章)

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