日本の陸上女子長距離界で異彩を放つランナーの一人である新谷仁美(34)=積水化学。2018年に電撃的に現役復帰して以降、1万メートルとハーフマラソンで日本記録を塗り替え、昨年の東京五輪は1万メートルに出場したが、徐々に活躍の場を42・195キロへと広げつつある。女子マラソンは05年に野口みずきが2時間19分12秒の日本記録を樹立してから、すでに17年以上も日本記録が破られていない。さまざまな経験を積んできた破天荒ランナーが、止まったままの時計の針を動かす存在になれるか。
〝無敗神話〟をストップ
いつも小気味よいピッチで飛ばしていく新谷が意外な姿をみせたのは、11月27日に宮城県で開催された全日本実業団対抗女子駅伝だった。チーム連覇の鍵を握る存在として、エース区間の3区(10・9キロ)で東京五輪1万メートル代表の広中璃梨佳(日本郵政グループ)との対決も注目されていた。
新谷は広中と3秒差の5位でタスキを受けると、すぐに広中に追いついて競り合った。ただ、前半は思うように体が動かず、すぐに広中との距離が開いた。本人もその瞬間は「終わった」と感じていたという。エース対決はこのまま22歳の広中に軍配が上がるのかと思われた。
ただ、新谷は中間点付近から本来のリズムのいい走りを取り戻すと、残り1キロ付近でいったん逆転。最後は広中のラストスパートに振り切られ、2秒差の2位で4区の選手にタスキをつないだが、34分8秒の区間記録で広中をわずか1秒上回って区間賞を獲得。広中は長崎商高時代から出場した駅伝ですべて区間賞をさらっていたが、新谷がベテランの意地で〝無敗神話〟をストップさせた。
新谷は2年前の同駅伝でやはり3区を走り、33分20秒の驚異的な区間新記録をマークした。当時のような圧倒的な走りではなく「自分の役割を果たせなかった」と悔やみながらも、「区間賞というタイトルを取った意味では、すごく落ち込むほどではない」と納得の表情も浮かべた。結果的にチームは連覇を逃したが、レース後には悔し涙を流す後輩を抱きしめ、慰める場面もあった。
縁起のいい舞台
新谷がそのようなレース展開をみせたのは、マラソンへの再挑戦を進めている過程であることも影響しているのかもしれない。マラソンランナーとしての新谷が注目されたのは3月の東京マラソン。かつては「マラソンなんて、もってのほか。お金を積まれてもやりません」と話すこともあった新谷が13年ぶりに42・195キロを走り、2時間21分17秒で日本人2番手の7位でゴール。今夏の世界選手権(米オレゴン州)の代表にも選ばれた。
ただ、世界選手権はレース直前に新型コロナウイルス感染が判明して欠場。落ち込んだ時期もあったが、今は次のレースで結果を出すべく、マラソン練習を重ねている。来年1月15日に米国テキサス州で開催されるヒューストン・マラソンに出場予定。ワールド・マラソン・メジャーズ(WMM)のレースではないが、新谷にとっては20年に同マラソンのハーフマラソンに出場し、1時間6分38秒の日本新記録をたたき出した縁起のいい舞台でもある。
東京マラソンは久しぶりのマラソンで練習も試行錯誤だっただけに、決して目指していたタイムではなかった。常に「結果を出すことにこだわる」と話す新谷にとって、次はマラソンランナーとしての真価が問われるレースにもなる。1万メートルとハーフマラソンの日本記録保持者として、フルマラソンでも成功を収めることができるか。34歳のあくなき挑戦はまだ続いている。(丸山和郎)