呉勝浩さんがミステリー「爆弾」に込めた人間の欲望と残虐性

「どこかのタイミングで関西を舞台にした小説を書きたい」と話す呉勝浩さん(関勝行撮影)
「どこかのタイミングで関西を舞台にした小説を書きたい」と話す呉勝浩さん(関勝行撮影)

大阪市在住の作家、呉勝浩さん(41)の小説『爆弾』(講談社)は、無差別爆弾テロを予言する男と、それに翻弄される警察を描いたミステリー。第167回直木賞にノミネートされ、今年7月の選考会で惜しくも受賞を逃したが、選考委員から「一級のエンタメ小説」との呼び声も高い秀作だ。執筆中に直面した世の中を揺るがす事件を目の当たりにし、人間が抱くよこしまな欲望や残虐性を描き出す。

ご・かつひろ 昭和56年、青森県八戸市生まれ。大阪芸術大学卒業。平成27年、『道徳の時間』で江戸川乱歩賞を受賞。『スワン』『おれたちの歌をうたえ』『爆弾』が直木賞候補となる。ほかに『ロスト』『白い衝動』『ライオン・ブルー』『マトリョーシカ・ブラッド』など。

自然に描けた化け物

軽犯罪で連行された中年男、スズキタゴサク。彼が取り調べ中に予告した通り、東京都内で爆発が次々と起きる。都民1400万人を人質にとる無差別爆弾テロを止める手立てはないのか。取り調べの警察官を手のひらで転がすように翻弄するタゴサクの化け物ぶりが圧巻のミステリーだ。

呉勝浩さんの『爆弾』(講談社)
呉勝浩さんの『爆弾』(講談社)

直木賞選考委員の三浦しをんさんは、「どんでん返しや、タゴサクが出す爆弾にまつわるヒントと解答も、すごくよく練られていて、一級のエンタメ小説として堪能できる」と、「オール読物」(9・10月号)に選評を寄せている。

取り調べをのらりくらりとかわしながら、クイズと称して爆弾の在りかをほのめかし、何人もの警察官をもてあそんでいく。そんなタゴサクの不敵な振る舞い、言葉の一つ一つを自然に描けたという。「苦しみながら無理やり書いた感覚がないので、この作品の強さになっていると思う。タゴサクの言動は決して肯定できるものではないが、主人公のキャラクターに、何かしらの〝魅力〟がなければこの物語は成立しないので、勝負どころでした」と呉さん。

適当には書けない

執筆中の昨年、大阪市のクリニック放火殺人事件など、世の中を揺るがす出来事があった。その度に、「適当には書けない。フィクションとはいえ、面白ければいいというノリで、書き終えることはできない」と身を引き締めたという。

失うものがなく犯罪をためらわない、いわゆる〝無敵の人〟と、主人公が重なってみえる。取り調べの警察官の中には、タゴサクの毒気にやられ泣きそうになったり、手柄を焦り空回ったりと、さまざまな人間模様が展開される。

「よこしまな欲望や残虐性は、人間なら多かれ少なかれ抱えているものだと思う。それを開き直らず、どう踏みとどまって生きるのか」。ずっと興味を持って取り組んできたテーマに、「今作は小説としてのエンターテインメント性が、バランスよく組み込めた」と話す。

エンタメの武器

呉さんは、在日コリアンとして青森県八戸市で生まれ育った。小学生の時、姉が愛読していたアガサ・クリスティや有栖川有栖の作品を読んでミステリーの面白さを知った。大阪芸術大学への進学で来阪し、「何者かになりたい」と卒業後は就職せずアルバイト生活を送った。20代半ば、大学の先輩からもらった中古のパソコンで、現実逃避するように小説を書き始め、「この道が向いているかも」と手応えを感じたという。「姉とパソコンをいただいた先輩は恩人です」

平成27年、「道徳の時間」で江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。「決して、期待値の高い新人ではなかったと思いますが、目をかけてくれ、小さなアドバイスを根気よく続けてくれた編集者に感謝です」

直木賞候補は、無差別殺傷事件の真相に迫った『スワン』、人生をやり直そうとする刑事を描いた『おれたちの歌をうたえ』に続く3度目。

毎回、伏線を張り巡らせたストーリーをプロットなしで紡ぐ。「書きながら、誰が犯人か決まっていない。大変だが、流れが決まったときが楽しくてやめられない」。そのスタイルで、社会派ミステリー作家としての地歩を着々と固めている。

面白い物語で、自分のテーマをダイレクトに届ける。「それこそがエンタメの武器だし、自分の仕事だと思っています」(横山由紀子)



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